-短篇

明】斎藤の半纏
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久しぶりに針仕事に勤しむ夢主は、半纏に身を包んでいた。
斎藤がくれた綿入りの半纏。
寒い外気から体を守ってくれるが、今日は一段と冷え込む。

指がかじかんだ夢主は部屋を見回して、斎藤の半纏に手を伸ばした。本人は二階で武具の手入れをしている。

「一さんのも着ちゃおう」

京にいた頃から何度か着せてもらっている。
綿入りを重ねると膨らんで動きにくいが、座って針仕事をする分には支障はない。
夢主はもぞもぞと動いて、着こんだ二枚の半纏の位置を整えた。

「一さんはいつも寒くなって言うけど、強いなぁ」

半纏を手渡そうとしても、寒くないと突き返される。
ごくまれに受け取る日もあるが、夢主の好意を受け取っているだけだ。

夢主は重ねて着た斎藤の半纏に頬ずりをしてから、再び針を動かし始めた。
二階からは、斎藤が武具の手入れに勤しむ音が聞こえていた。


黙々と手を動かしていた斎藤だが、暫く経ってふと手を止めた。
急な冷え込みを感じた。
手入れにはもう少し時間がかかる。
斎藤は珍しくもう一枚何か羽織るかと、一階へ下りた。

「一さん、お仕事道具のお手入れはもういいんですか」

「いや、ちょっとな」

部屋に入るなり斎藤は半纏を置いた場所をチラと見るが、そこには何も無く、目の前の夢主に意識を移すと、己の半纏に身を纏っているではないか。
やれやれと笑いが込み上げる。

夢主から剥ぐわけにもいかんなと、斎藤は代わりの何かを求めて顔を上げ、部屋を見回した。
すると斎藤の視界から夢主が消える一瞬の隙を突くように、夢主が抱きついてきた。

「何だ急に」

斎藤は、抱きつかれても構わないくせに、訳を聞いた己をフッと笑った。

「だってあったかいんです、家にある物を全部着るより」

「何」

「一さんにこうしていると、あったかいんです」

回した腕に力を込めて、夢主が顔を擦り付けた。
柔らかい綿の感触が斎藤を押す。
抱き返すには手のおさまりが悪く、半纏の中に手を滑らせては脱がしてしまいそうだ。
斎藤は夢主の背中に手を置き、何度か押して重なった半纏の分厚さを夢主に伝えた。

「俺の半纏を着ておいて全部着るより暖かいとはよく言う」

「あぁあっ、これはっ、あの、ごめんなさい! 今すぐお返しします! あまりに寒かったもので!」

「構わんさ、確かに寒いが、お前のおかげで温まった」

「そんなの嘘です、少ししか抱きついてないし……」

言いながら恥ずかしくなった夢主は言葉尻を濁した。

「だったら、もっと抱きしめてもらおうか」

「えっ」

俺がしたくともその分厚い二枚重ねの半纏が邪魔でなと、夢主を見下ろして、斎藤は軽く両手を広げた。
薄着の斎藤が手を上げると、いかにも抱きつきやすそうな腰の線が見える。

「たまにはお前から、抱きついてもらおうか」

「今したじゃありませんかっ」

「もう一度、もっと強くしてみろ」

「でっででもっ」

勢いで出来ることも、誘われたら恥ずかしくて出来なくなってしまう。
夢主は赤い顔で斎藤から離れようとした。

「やれやれ。結局俺からか」

「わっ」

斎藤は半纏の内側に手を入れて、夢主を抱きしめた。
先ほど抱きつかれた時の、やけに分厚く柔らかい感触を思い出して静かに笑う。斎藤は、夢主からずり落ちそうな半纏を着せ直してやった。
半纏の表面は冷たいが、手を滑り込ませた内側、夢主を直に包む着物は温まっている。

「綿入りは俺には必要ない。普通の羽織を着るさ。お前が着ていろ」

この温かさを奪う馬鹿がいるかと、夢主の半纏を優しく整える。
しかし、夢主は袖を抜いて脱ごうとした。

「やっぱり一さん着てください、一さんがいない夜にぎゅぅってして……寝ますから、その、一さんの匂いを付けてくれませんか」

真っ赤な顔で呟かれた言葉は、斎藤に半纏を着せる為の取って付けたような言葉。
斎藤は今度は強引に、夢主に半纏を着せ直した。

「後でお前自身に俺の匂いを付けてやるから、黙って着ていろ」

「ふぇっ」

「まだ手入れが残っている。お前も針仕事だろう、終わらせておけ」

ニッとして、斎藤はおもむろに羽織を一枚手に取って、二階へ戻って行った。


一人になった部屋は、異様な静けさを感じる。
夢主はちらりと天井を見上げた。
斎藤が戻ると物音が鳴り始めた。くぐもった小さな音、ごとりと重そうに鳴る音、二階から聞こえる物音に耳を澄ましてしまう。
音が消えた時が斎藤が下りてくる時だから。

夢主は針仕事どころではなくなってしまった。
半纏に包まれた体が、やけに熱く感じられた。
 
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