-短篇

明】会えない貴方の
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他の誰かと肌を重ねる夫の姿。
考えるだけで目頭が熱くなる。それなのに体の芯が強く疼き始めた。

「やだ……一さん……」

「何が嫌なんだ」

呟く夢主の背後から、突然男の声がした。
聞き慣れた声、だが突然のことで夢主は驚いて勢いよく振り返った。
階段を上る音が聞こえないほど、夢主は自らの思いに耽っていた。

「一さん!!」

「おや、我妻は随分と盛っているようだな」

斎藤の箪笥が開かれ、張形が見えている。
これから使うつもりだったのかと、斎藤は悪戯に眉を動かした。

「はっ、盛りだなんて、その……」

「何故泣きそうな顔をしている。嫌なことでもあったのか」

「ちっ、違います……余計なことを、考えてしまって……」

立って見下ろしていた斎藤が片膝をつき、夢主の目元を拭う。
夢主は顔を逸らして、手袋をしたままの手から逃れた。
反発するさまに斎藤が首を傾げる。怒らせるような心当たりはない。ひとつ言うなら、家を空け過ぎたことぐらいだ。

「余計なことだと」

「……はぃ……」

「何だ」

「…………言えません……」

耳まで赤く染まった夢主がちらと目を合わせてから俯いた。
情交の際、責められている時に似た濡れた瞳を、斎藤の目が捉える。
こうなったら疑問はどうでも良いと、斎藤は逃げる夢主の目を追った。

「隠し事、悪いことではなく」

「っ」

「厭らしいことのようだ」

「んっ、ごめんなさぃ、隠すつもりは……一さんの言う通りです、厭らしいことを……だから、言えません……」

顔を覗きこまれた夢主は体を捩ってさらに逃げた。
これ以上何も訊かれたくないと必死に目を逸らしている。

「厭らしい隠し事とはこれでは無いのか、こいつなら勝手に使って構わんと言ってるだろう」

「違います!使ってませんし使う気もありません!!」

箪笥から張形を取り出そうとする斎藤を、夢主が慌てて止めた。
斎藤が振り返ると、縋るように制服を掴む夢主が見える。面白いと感じ、顔を歪めた。こんな顔の妻を苛めると可愛さが増すのだ。

「では何故、箪笥から覗いている」

「……気に……なって」

「したかったのか」

「違うんです!その、男の人が使うのもあるのかなって……一さん持ってるのかななんて……それとも、」

しゅんと俯き小さくなる姿に、斎藤はふぅと肩を落とした。
これは揶揄ってはならない時の姿だ。

「男は道具なんざ使わず女を買えばいいだろう」

「それじゃ……一さんも……」

恐れていた言葉が飛び出し、夢主は顔を強張らせた。
斎藤は少しだけ穏やかに微笑み、即座に否定した。

「阿呆、俺はお前以外に興味はない」

安堵する夢主の前に斎藤がやれやれと膝をつき直した。
丸まっていた背は伸びて、本当ですかと首を傾げている。

「そんな気分になれば飛んで帰って来るさ。多少なら抑えは利く、今まで散々過酷な状況を生き抜いてきたんだ、色欲ぐらいどうとでもなる」

「一さんて……凄いんですね……」

「フン、当然だ。だが今は少々"たが"が外れそうだ」

「あぁあの……」

顎をくいと掴まれる。
察した夢主が畳に尻をついたまま退くと、斎藤はニヤリと笑んで一歩近づいた。

「お前が張形を使うのかと考えると抑えが利かんな、使い方を教えてやる」

「いっ、いぃいいいです!一さんの話なんです、一さんのそういうのを考えていたんですから!」

「ほぉぅ、俺の……ねぇ」

「あっ……なんでも……ありません、女の方を買っていたら嫌だなって……思っただけです」

「安心しろ、買わん。言い切れるぞ、二度と買わん」

「一さん……」

消えていたものが再び夢主の目頭に込み上げる。
赤らんだ頬を緩ませる妻に斎藤の顔も綻んだ。

「安心したか」

「はぃ……」

「それじゃあ今、誤魔化した話を聞かせてもらおうか、俺の何を想像していたのか。もしくはこれの使い道を教えてやる。どちらがいい、選べ」

見せた優しさも一瞬で、斎藤はまた意地悪な目を向けた。

「ふぇっ、選……選びません!どっちもお断りします!絶対です!!」

「久しぶりに帰ったのにつれないな」

本気にしているのか、冗談だぜと笑いながら、斎藤はそれでも夢主に体を寄せて迫って見せた。
夢主が本気で斎藤の体を押す。

「うっ、ごめんなさい……でもそれとこれは別ですから!お食事の支度してあります、下のお部屋に行きましょう!」

「ククッ、分かったよ。押すな」

斎藤が諦めて立ち上がった。
大きな背中が淋しそうに見え、夢主は後ろから抱きしめた。斎藤の思う壺とも知らずに。

「他の女の人と……一さんが、なんて変な心配をしちゃいました……ごめんなさい。いつでも……帰ってきてくださいね、任務の途中でも……私」

「今でも、か」

「っ……は……はぃ……」

斎藤を抱きしめる手を離して硬直する夢主。
今すぐの覚悟は無いが、返事をしてしまった。
そんな戸惑いの顔を、斎藤はフッと笑った。

「冗談だ、後でな。まずは飯を貰おうか」

軽く口吸いをすると、夢主を残して斎藤は階段を下りて行く。
立ち尽く夢主に「ククク」と笑い声が聞こえてきた。
 


 * * *


お題
「夫婦なりたての頃、逢えない間の斎藤さんの性事情を考えて他の女の影にモヤモヤする夢主さん」

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