-短篇

幕】色仕事
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密偵の大切な仕事の一つ、情報収集。
幕末、明治の密偵よりも地道な方法を使って情報を集めるのだろうか。

部屋で静かに過ごす時の中、夢主は斎藤の傍で、ふと考えた。

例えば、花街で妓達から話を聞きだす方法。
手っ取り早く進めるならば妓の心を掴み、妓自ら志士達の情報を集めさせる方法か。
昔語りか物語か、何度か聞いたことがある。

夢主は、ちらと斎藤を盗み見た。

こっそり横顔を見たつもりが、斎藤は当然のように目を合わせてくる。
細長い目に何だと問われ、夢主は肩を縮めておずおずと訊ねた。
黙り込んだら問い質されそうな雰囲気だった。

「あの、斎藤さんも……色を使った仕事をすることがあるんですか」

斎藤の眉間に深い皺が生まれ、夢主は体を更に縮めた。
しかし斎藤は別段機嫌を損ねたわけではなく、フンと鼻をならすと顔を元に戻した。
そばにある本に手を伸ばし、何の気なしに頁を捲り始める。

「俺には必要ない」

夢主は、へぇ……と口を開けて、頁を捲る斎藤を見つめていた。
そんな事をせずとも必要な情報は得られる。
己の仕事に自信があるように見えた。

「色を使った仕事の是非を問う気は無いが、俺の範疇外だ」

否定せんが色に頼るなど仕事が出来ぬ者のする事、と言いかけた斎藤だが言葉を止めた。

「意識せず妓が寄って来る土方さんなどは色を使っているとは言えんが、無縁でもないな」

体よく妓を利用している、あれも一種の色仕事かもしれん。ならば否定はせんと斎藤は語った。
夢主はその通りですねと何度も頷いている。
納得しているが、斎藤は色仕事をしないのかと安堵すると共に、想定外の返答を受けたと顔に書いてあった。

「色仕事、して欲しいのか」

「ふぇっ」

ニッと目を眇める斎藤が放った一言で、夢主はまぬけな声を上げた。

「べべべっ、別にそんな大変なお仕事はっ」

夢主は火照った顔をぶんぶんと振って否定した。
むしろして欲しくない。
分かって言っているのだ、揶揄われているだけ。
夢主は斎藤に自分は冷静ですと示す為、凛々しい顔を作って目を合わせた。

すると、斎藤がのっそり二人の距離を詰めた。
顔が近付き、夢主の凛々しい顔は途端に崩れた。
瞳は揺れ、口元は恥じらいで歪み、あわあわと動いている。

「フッ、お前に対してなら構わんのか」

「ち、違います、誰に対しても駄目ですっ、あっ……」

「ほぅ、誰に対しても、な」

世話になる身で任務に口出しは禁物。
例え自分が辛く悲しくとも、斎藤は特別な任を背負っているのだから、手段を断じてはならない。
しかし、夢主は肩を落として頷いた。

「…………はぃ」

考えたくもない光景が脳裏に浮かぶ。斎藤が色仕事に挑む場面。
厳しい見た目に反して甘い言葉を掛けられたら、妓はどうなってしまうのだろうか。
鋭い瞳に捉われて聞かされる、艶やかな低い声。
語りながら、あのしなやかな指が触れるのだろうか。

「ごめんなさい、私にとやかく言う権利は……ありません、ごめんなさい」

止められなくとも、僅かに願いを述べるくらいなら許されるだろうかと頷いた夢主だが、我に返って頭を下げた。
新選組幹部、会津守護職直々の密偵。
新選組内でも密偵に似た仕事をしているかもしれない。

出過ぎた口を利いてしまった。
恥じらいで赤くなった夢主の顔が、別の意味合いで火照り始めた。
このままでは涙が浮かんでしまう。夢主が更に下を向くと、斎藤がフッと息を漏らした。

「ま、必要ないさ。色仕事はな」

夢主が申し訳なさそうに俯いていると、斎藤がクククと笑って再び本の頁を捲り始めた。

「斎藤さん……」

「必要が生じた際は、まず試さなければ。その時は、お前で試すさ」

「もっ……もぉっ!斎藤さんたら!」

元気付けてくれた斎藤にふくれっ面を見せるが、夢主の顔に翳りは見られなかった。
どうして顔が赤いのか、本人にも分からなくなっている。
夢主はもぅ、もぅと何度か怒って見せた。

怒った仕草に、堪らず斎藤が笑う。
斎藤は、お前に対して迫り情報を引き出すのは簡単だが、決してしまいと心で告げて、笑っていた。
 
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