-短篇

幕】色づいた貴方
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「斎藤さん、包帯取れて良かったですね」

「あぁ、ようやくだ」

抜刀斎との対峙で負った傷、確かに必要だった手当だが、皆への指南と銘打って包帯をぐるぐる巻きにされていた。
その包帯がようやく外れ、斎藤はやれやれと自由を喜んでいる。
解放的な気分から、部屋には酒が用意されていた。

「でも、お酒は傷に響くって聞きますよ……大丈夫ですか」

「少しぐらい構うか、動けぬほどの怪我でもないんだ」

「そうですけど……」

……早く回復したいって言ってたから止めたのに……

早く夜の巡察に戻りたいと強く願っていた斎藤。
その巡察支度をする男達の物音が部屋まで届く。あの隊列に早く戻りたいならこの酒も駄目なのでは。
夢主は少しだけ恨めしそうな視線を向けた。

しかし、斎藤は気にも留めず手酌を開始した。
上機嫌な姿に、夢主も止められなかった。

心配で目が離せない、そう思って見つめていると、酒が通り抜た喉仏が大きく上下した。
男性的な動きに目が釘付けになる。その動きを見つめて何度目か、斎藤が酒から目を離して夢主を目の端に捉えた。
まるで流し目のような視線に夢主は身を固くする。

「そんな顔をするぐらいなら一杯呑むか」

「い、いぃぇ……私は……」

「そうか。ならばせめてその顔をやめてくれると、酒が上手くなるんだが」

「ご……ごめんなさい」

不満な視線を浴びていては折角の酒がまずくなる。
言われて肩を落とす夢主を斎藤が小さく笑った。

「下を向くなよ、怒っちゃいない。いつも通り、だと嬉しいんだが」

「いつも……通り」

いつものように笑っていろ。
そこまで言わぬ斎藤だが、フフンと目を合わせて更に酒を流し込んだ。

「あっ……」

「どうした」

「いぇ……傷、痛みませんか」

「傷、別に酒程度で痛みなど」

不満顔をやめろと言った矢先にまた止めるのか。
眉根を寄せる斎藤だが、夢主の目が驚きを見せており、視線の先を辿った。
袖から覗く、筋張った己の腕に視線は向いていた。

「そうではなくて……傷が、赤いです……」

「赤い?」

傷は閉じている。肌の色も元に戻っている。
赤いとは、斎藤が訝しんで確かめる、確かに傷痕の周りが赤く色づいていた。

「ほぅ、傷が閉じて間もないからか。気にしたことなど無かったな」

傷を負うのも、負傷した体で酒を呑むのも初めてではない。
だが自らの傷を見て酒を呑むなどしたことがない。
酒の周りのせいで赤いんだろうと、斎藤は気にしなかった。

「やっぱりやめたほうが……いいのでは……」

「構わん、それより……お前も色づいてみたらどうだ」

「えっ」

「酒がいいか、それとも――」

手にある物をつっと置いて、斎藤が夢主に迫る。

「ぅあぁっ、あのぉっ、私は結構です!!」

「ククッ、冗談だよ、冗談」

「ひっ……」

冗談、と言った斎藤は顔を寄せ、二人の鼻先が触れそうな距離でフゥと息を吹きかけた。
吐き出された息は酒気を孕み、夢主は咄嗟に目を閉じた。
目の前で笑う斎藤の息が熱く、夢主の頬が紅潮していく。
無意識に姿勢を崩し、体を離して目を開けると、嬉しそうな顔で斎藤が自分を見つめていた。

「酒と俺と、両方だったな」

「うっ……もおっ!斎藤さん!揶揄わないでくださいっ!」

「ハハッ、いい顔になったぞ、そのまま酒に付き合え」

そう言って斎藤は、猪口ではなく徳利を夢主に差し出した。

「一杯頼む」

伸びた腕に見える色づいた傷。
小さく溜め息をつく夢主だが、斎藤が「ん?」と小さく首を傾げる姿に負けて、徳利を受け取った。
稀に見せるおどけた顔には夢主の気も緩む。

「一杯だけですよ」

「さぁて」

酒を受けながら、にやりと上がる口角。
夢主は諦め顔で徳利を傾けた。
巡察に出る男達の物音は消えている。
部屋には二人が密やかに酒を楽しむ小さな笑い声が響いた。
 
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