-短篇

幕】宿敵に贈る宴
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※一話目※


とある遊郭、贔屓の者の手引きで、一日に限り間者の潜入が許された。
男達が最も気を緩める場に間者を送り込めるなど千載一遇の好機。
接触したいのは長州志士。とは言え新選組の男達は顔が割れている。
そこで名が挙がったのが夢主だった。

「あぁぁあの……本当に最初で最後ですよ、こんなお手伝い……」

「あぁ、百も承知だ。俺も反対だが他に出来る者がいなくてな、素人の女で信頼が置ける者」

「信頼してくださるのは嬉しいですが、でも……恥ずかしいですし、怖いです……」

「安心しろ、俺が傍で守ってやる」

芸や教養が騙せない島原の太夫の役は出来ない。
妓楼に買われてすぐであっても、器量の良さを買われて引き立てられる事がある遊女の役を当てられた。
綺麗に着飾り待機している。
手引きの者がうまく長州志士らの座敷に招いてくれる手筈だ。

「酌だけでいい。上機嫌に酔わせれば奴らは口が軽い、何も仕掛けずとも酒が入れは饒舌になる。不用意に何か質問するんじゃないぞ」

「分かりました、そんな器用なこと出来ませんし、お酒だけ……」

「俺は隣の部屋に待機する。何かあれば偶然を装って踏み込むから安心しろ。踏み込むまでは俺を呼ぶなよ、いいな、隣室からでも状況は把握できる」

夢主は頷いた後、緊張から黙り込んでしまった。

やがて店の者の案内で夢主は連れて行かれた。

斎藤は聞き耳を立てた。
男達が夢主を歓迎する声が聞こえる。
一人、二人……一番の目的であった男はいないらしい。
残念だが致し方ない。
夢主の身に危機が及ばないよう、斎藤は気配を殺して警戒を続けた。

「あっ、お酌いたします」

「あぁ来い来い、遠慮するな、隣に座れ」

「はっはぃ」

店の者に買われてきたばかりで躾が不十分だと言われた初見の遊女。
おっとりとした仕草に愛らしい顔立ち、慣れない席での恥じらいを含んだ声も所作も、男達をその気にさせた。

男の数に対して女が一人。
本当は同席するはずだった大物藩士の為に呼んだ遊女。
酒を酌み交わし政約を交わし、妓と客人を残して自分達は退散、別の部屋で妓を買うつもりだった。

相手が来られなくなった不運はさておき、折角買った妓をどうするか男達は期待を胸に話し合いを始めた。
俺かお前か、呑み比べで決めようと話が纏まり、男達は部屋の隅に控える男にも声を掛けた。

「お前はどうする、呑み比べに参加するか」

「俺はいい」

緋村抜刀斎。
警護をするよう指示を受けて来たが、己が出向くような仕事ではないと腹を立てていた。

だが部屋にやって来た遊女を見て、怒りはおさまった。
見覚えのある女だ。

……白粉のせいで雰囲気が違うが、やはり夢主殿か。何故ここに、売られた……まさか。だが無いとは言い切れん。どうする、事情を聞くべきか。聞いては失礼か。どちらにしろ少し待てば分かる。本当に遊女に身を落としたのか、否か……

確かめたいがここで繋がりが知られては困る。
緋村は咄嗟に顔を背けた。

夢主もその後ろ姿に驚いた。

……まさか緋村さん……でも声は掛けられないし、どうすれば……

隣室に目を向けるが、斎藤がいる気配がない。気配を消しているのだから当然だが、夢主は不安を覚えた。
緋村は自分に気付いたのか顔を背けてこちらを見ない。
ただの警護だから馬鹿騒ぎには関わりたくないのだろうか。
斎藤を信じて、今は男達の相手をするしかない。

余所見をする夢主の傍では、男達が徳利から直に酒を煽って、呑み比べを始めていた。
次々と徳利を空にして、男達の息は酒臭く変わり、顔が茹ったように赤くなる。息も荒く、正気を失っているようだった。

……二人共呑み過ぎだ……

緋村は軽蔑するように一瞥した。
勝負が付かず、男達は酒を置いた。

「酒で勝負決めようと思ったけどよ、どっちも相手してもらえばいいんじゃねぇか」

「そうだな、面倒だ、だが順番ってもんがあるぜ。姉ちゃん、俺ぁなぁ、この町をひっくり返す支度に奔走してんだ、俺に取り入ってりゃぁ楽できるぜ」

「いやいや、俺は古い連中を斬るのに一役買ってるぜ、時代が変わって重宝されるのはコイツより俺だ、俺を選びな」

……喋り過ぎだ、もし夢主殿がここにいる理由に裏があれば……

男達は饒舌に自らの仕事を自慢して夢主に「俺を選べ」と迫っている。
緋村はいい加減にしろと睨みを利かせた。

「いゃっ……その、えっと……」

夢主は困って隣室に再び目をやり、次に緋村を見た。
どちらも無反応だ。

……俺を見るな、だが……

可愛い可愛いと言葉で愛でていた男達から手が伸びた。
夢主の手が掴まれ、袖口から白い手が覗く。そのまま引っ張られ、夢主は前のめりによろめいた。

「ひぁっ、あの、そう言うことは、そのっまだ……」

客が妓を買うにも手順と礼儀がある。
大部屋で抱かれる遊女ならいざ知らず、自分が扮している立場ある遊女は、礼節を客に求要求でき、客も選べる。
夢主は男達を諫めるが、慣れていないと悟るや、男達は強引に迫り続けた。

「ん〜いけねぇなぁ、客を拒んじゃよぉ」

「でも」

「部屋に通される時、よろしく頼むって言われなかったか、言うこと聞きな」

「それは」

夢主は助けを求めて襖を見るが、斎藤が踏み込んでくる気配はない。
本当にいるのだろうか。不安になるが、ここで名前を読んでは全てが台無しだ。
男達の口が緩むのはこれから。きっと斎藤はそれを待っている。

叫びたいのを堪えて、夢主は男達に微笑みかけた。

「いっ、嫌ですお客様、誤解です……その、もう少しお酒を召し上がってから」

「酒はもう十分だ、徳利も空だぜ」

「それはっ、ぁ、おかわりを……」

「いらねぇよ、それよりお前がいい、そうだろう」

「っ、待ってくださいっ」

掴んだままの手を更に引っ張り、男は自らの膝の上に夢主を転がした。
何が起きたか分からず慌てる夢主の足の上に男の手が伸び、着物の裾を割ろうと手を掛けたその時、いてもたってもいられず、緋村が立ち上がった。

「気が変わった、お前達、部屋を移れ」

「何言ってんだ、この妓は俺達が相手だろう」

「俺だってたまには妓が欲しいんだよ!文句あるか、俺は充分な働きをしている、アンタ達は他の妓を当たればいい、この妓は俺がだっ、だっ、抱く!!」

刀に手を掛け鍔を鳴らすと、男達は青い顔で部屋を飛び出して行った。
そりゃないぜと不満を漏らすが、抜刀斎相手には逆らえない。
どうにか目的を果たした緋村だが、慣れない恫喝をして冷や汗を掻いていた。
男達を追い出すためとは言え、抱くとなどと口にしてしまった。
この遊女は間違いない、夢主だ。
緋村は夢主の前に片膝をついた。

「どういうつもりだ、夢主殿。間諜の真似事か、誰の指示だ」

「いぇっ、あの……その、緋村さん……私っ」

「本当に身を落としたと言うならば、今から俺に抱かれるか」

「緋村さん、そんな……」

酒の匂いが残る部屋で緋村は夢主に顔を寄せて迫った。
偽りの所業ならば拒むはず。
だが迫られた夢主は赤い顔で瞳を潤ませるだけで、逃げようとしない。
困り果てた緋村がゴクリと大きく喉を鳴らした時、ようやく襖が開いた。
 
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