-短篇
□幕】宿敵に贈る宴
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「斎っんんっ」
斎藤一!
叫ぼうとした緋村の口を夢主が塞いだ。周囲に知られては困ると、咄嗟に取った行動だ。
「すみません緋村さん、っていうか緋村さん、本当に緋村さんですか、なんでこんな場所に」
「俺はただの護衛で……それより、お前達」
斎藤を睨み上げる緋村だが、斎藤はしれっとした顔で部屋の中を見回した。
「他の連中はどうした」
「部屋を移動した、今はもういな……いや、それより何故ここに!っく、」
抜刀の構えを取るが、夢主が待ってくださいとその手を止めた。
「刀を持ち込むとは礼儀知らずだな。こういった場では預けるものだろう」
「それは……って貴様もだろ!」
緋村をなじる斎藤だが、悪びれもせず刀を腰に差していた。
「安心しろ、抜く気はない。夢主に被害が及ばなければな」
「夢主殿に何か、するものか」
「どうだか、今さっき迫っていなかったか」
遮る物があったとてそれくらいは把握出来る、そんな目で見られ、緋村はうぐぐと言葉に詰まった。
だが何を怯む必要がある、自分は夢主を面倒から引き離しただけだ。そう、いつの日か小萩屋から解放したように。
緋村は退きそうな体を堪えて斎藤に一歩踏み出した。
「そそ、それはっ、夢主殿が壬生狼に嫌な役割をさせられているのではないかと、そうだ、貴様らこそ夢主殿になんてことをさせる!」
「夢主も了承済だ。夢主、こっちへ来い」
「ぁ……はぃ、斎藤さん……」
乱暴な男達から助けてくれた緋村に軽く会釈をしてから、夢主は乱れた着物を引きずった。
その間、斎藤が得意気な顔で緋村を見ていたことなど気付きもしない。
夢主が斎藤のもとへ寄ると、まるで背後に隠すように斎藤が前に出た。
その動きに緋村は顔を歪ませた。自分への当てつけか、状況を把握していたのならば自分が夢主を助けたのも知っているはず。
にも関わらず敵意ある行動を見せられ、眉間に皺を寄せた。
「あの斎藤さん、緋村さんは助けてくださったんです」
「フン、どうだか、半分本気だったんじゃないか」
「そんな訳あるか、奴らを追いらっただけだ!」
「ほぉ、本当かね」
「疑り深い男だな」
「でなければ生き抜けんだろう」
張り詰めた空気の中、短い言葉で相手を牽制する二人。
夢主はおろおろと二人の顔を見比べた。
「さぁて夢主、仕事はこれで終いだがどうする。折角だ、酌でもしてくれるか」
「この格好でですか、私、恥ずかしいです……」
「似合っているぞ、気にすることは無い。ここの酒は尽きたようだが、俺の酒はまだ残っている」
「あぁあの……あっ」
斎藤が「さぁ」と背中を押して夢主を隣の部屋へ連れて行こうとする。
夢主は緋村を振り返るが、斎藤は背中を押す力を強めた。
「斎藤さん、緋村さんは……」
「あぁっ?阿呆、朝敵に酌をしてやる気か」
「うぅっでも、助けていただきました、お礼に……」
「だ、そうだが。抜刀斎、どうする、壬生狼の女に酌をして欲しいか」
「なっ馬鹿にするな、俺はここにいる」
「だ、そうだ夢主。俺でもそうする。俺達の宴は剣を交えることだからな」
「勝手にほざいてろ」
壬生狼の女などと、夢主殿にも失礼だ。
緋村は斎藤に軽蔑の視線を送り、男達が戻るまで待つ為に腰を下ろした。
だが襖は閉じず、二人の様子が筒抜けだ。
苛々する。襖を閉める為に動こうとするが、斎藤が厭らしい視線を向けてくる。
負けを認めるようで腹が立った緋村は、立ち上がるのをやめて、再び腰を据えた。
様子が筒抜けなのは隣室だけではない。
どこからか聞こえてくる楽しげな声や笑い声、妖しい声が耳を付き緋村を苛立たせた。
「なぁ夢主、嫌な仕事をさせて悪かったな」
「そんな……私に出来ることでしたら、あぁっでも、こんなのは最後ですよ」
「残念だな、似合っているというのに」
「もっ、斎藤さんたら、らしくありません」
「廓の空気がそうさせるのか、お前のその恰好か、どっちだろうな」
問いながら、斎藤はちらと緋村を見た。
酌を受けてグイと飲み干し、空いた手で夢主を引き寄せると、夢主は恥じらって斎藤の体を押し離した。
「嫌がるのか」
「嫌です、駄目です……恥ずかしいですよ、緋村さんも……見てます……」
「ほぉ、奴がいなければいいのか」
「そぅではなくて、あのっ」
今度は引き寄せないが、斎藤自身が体を寄せた。
顔を背ける夢主の赤く染まった頬に触れそうなほど近付いて、ククッと笑い、横目で緋村を見た。
明らかな当てつけに緋村は腰を上げた。
「お仲間を待つんじゃなかったのか」
「やっ、やってられん!俺はただの護衛だ、店の入り口で待てばいい!」
「フッ、そうかい、じゃあな抜刀斎。次はまた、夜の巡察の時にでも」
「首を洗って待っていろ、斎藤一」
座る時に外した刀を腰に差して緋村は悪態をついた。
夢主殿がいなければ、廓でなければ刀を抜いている、そんな剣気をぶつけるが、斎藤は気にもせず夢主の肩に手を置いた。
「夢主、お前も何か言ってやれ」
「はい。あの、先程はありがとうございました。それから……あまり人は斬らないでくださっァ、ふァンっ……さいと、さん、なにを」
「悪い、お前が抜刀斎に妙な言葉を掛けるからつい、な」
挨拶をする夢主のうなじに斎藤が指を滑らせた。
突然の艶めいた刺激に夢主が甘い声を漏らしてしまった。
「っ、夢主殿も、壬生狼に気をつけろ」
緋村はそう言い残し、幼さが残る顔を怒りと羞恥で赤くして、部屋を飛び出して行った。
「もう斎藤さん!本当にやめてください!それに緋村さんにっ……変な誤解、されちゃったかも……」
「ククッ、いいじゃないか」
「駄目です!それに本当に近いです、緋村さんへの当てつけだったのならもう、緋村さん行っちゃいましたから!離れてください、斎藤さんも大人げないですね」
「それだけじゃ無いんだが、単に俺がその気になっているだけだ」
「もっと駄目です!とにかく手引きしてくださった方を呼んでください、着替えます!」
「奴は忙しい、あと一刻はこのままだ」
「そんなぁ……」
「ククッ、俺の正気が持つといいな」
先程触れたうなじに、ふぅ……と息を変えて、身を竦めた夢主を尻目に斎藤は笑って手酌を始めた。
緋村が開け放って出て行った部屋の入口からは、心地よい風が吹き込んだ。
──完──