-短篇

北B 続・月下の愛逢瀬 R18
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黒く艶やかな髪が広がって、夢主の色白い肌を浮き上がらせる。
少しだけ開いた口、微かに揺れる瞳、不規則な瞬き。
手に取るように伝わる夢主の緊張を、斎藤は軽く笑った。

整えたばかりの髪は既にばらついて、四方八方に広がっている。
また櫛で、手で、梳いてやれば良い。
斎藤は夢主の頭を軽く撫でて、そのまま頬に触れた。
俄かに口を動かして、夢主が「あっ」と声を漏らす。

「何を固くなっている」

「いぇ、その……」

「恥ずかしいか」

夢主に触れた大きな手。斎藤は親指を動かして、何度か頬を撫でた。
すると、夢主は頷いた。見逃してしまいそうな小さな動きだった。

愛おしい仕草に斎藤の表情が緩む。細くなった目が、夢主にはいつものしたり顔に見えてしまった。
夢主は堪らず目を逸らすが、横目に伏せた様子が斎藤には流し目に映る。
そうではないと分かっていても、色っぽい仕草で誘われている感覚に陥った。

「久しく……お前に触れていないからな」

斎藤は、夢主の気持ちを窺うように、もう一度大きく頭を撫でた。

長らく離れていた二人が触れ合うのは、毎夜抱き合う二人とは異なる。
お前が感じている恥じらい、それ以上の何か。言葉に出来ぬ感覚を知るほど、長い時が空いた。
どんな空白があろうが、俺には何の変化も与えない。
そう思った斎藤だが、忘れていた肌恋しさが一気に込み上げた。

「もう一度、初めてお前を抱く気で抱けば、いいか」

ふざけたつもりが、真面目な声色で言っていた。
素直な瞳で、真っ直ぐ夢主を見下していた。

過度の緊張か恥じらいの極致か、夢主の瞳が潤み始める。
堪らず、斎藤はフッと笑った。

「夢主、案ずるな」

「はっ、はぃ……私っ……」

怖がっているんじゃなくて……。
言葉は続かなかったが、ほんのり色づいた頬で訴える夢主の本音を、斎藤はしっかりと受け止めていた。

夢主の望みと不安が伝わる。だが。
斎藤はまた目を細めた。今度は愛おしさによる表情の緩みではない。

「そんなに煽るな」

瞳の潤みも、頬の色づきも、ぎこちなく動く唇も、戸惑いに満ちた声も、全てが斎藤の平静さを乱して、獣欲を掻きたてる。
はぁっ…、と熱い息を吐いて、斎藤が囁いた。

「唆るんだよ」

斎藤の黄金色の瞳が一瞬、赫灼と燃えた気がして、夢主は息を呑んだ。
捕食者に似た鋭い視線が、夢主の体を拘束する。

突然、斎藤は夢主に唇を重ね、食むように激しく求めた。
驚く夢主の手を掴んで畳に押し付ける。唇を割って舌を捻じ込んだ。

「ンっ」

口の中を嬲り、お前も舌を出せと引っ込んだ夢主の舌をつつく。
夢主が恐る恐る舌を伸ばすと、すぐに舌が絡むような愛撫を受けた。

「んハッ、はじめさっ、ふァッ」

隙を見て声を出すが、斎藤は暫く気の向くままに夢主の口を犯し続けた。
混じり合う互いの息や唾液、湿った小さな音が絶え間なく聞こえる。

「んンッ、ァ、もぉンッ、まっ、」

待ってと必死に訴えて、ようやく斎藤が顔を離した時には、立派な銀の糸が二人を繋いでいた。
離れても、夢主には口の中を貪られた感触と、手を押さえ込まれていた感覚が残っている。

「はぁ……はじめさ……」

「っ、すまん、もう大丈夫だ」

斎藤は落ち着いた声で言うと、二人を繋ぐものを手の甲で拭った。

我を忘れて貪りついた。
夢主の味と香りを愉しんで、確かめた。
忘れはしない。体に染みついた記憶と重ね、存分に味わった。
もう大丈夫だと呟いた斎藤の瞳は、いつもの色に戻っていた。

変らぬ夢主に安堵する。
不義を疑ったのではない、ただ、触れて確かめたかったのだ。夢主の存在を、柔らかさも、ざらつきも、自分しか知らぬ夢主を確かめたかった。

斎藤は、己の重みを預けて、夢主を抱きしめた。

全身で包まれる抱擁を、夢主は戸惑いながら感じている。
自分が知る斎藤とは少し違う、いや、とてもこの人らしいかもしれないと、瞳の変化や荒々しい行為を懐かしみ、思い出していく。
戸惑いが解れて感じたのは、温かさだった。
とても温かい抱擁。
ちょっと乱暴だった口づけ、その口づけとは正反対の、詫びに似た優しい行為。

「はじめ……さん」

「──何だ」

欲望の波を抑えようと試みる斎藤は、呼ばれてから間を置いて返事をした。
夢主を抱きしめたまま返した、くぐもった声だ。

「ぁ……っ、や、優しくして……ください…ね……」

「っく」

夢主は、「お前なぁ」と、声にならない声を聞いた気がした。

全身を抱きしめる力が強くなる。
斎藤の中で何かが起きている。身を以て感じた、夢主の鼓動が速まっていった。

夢主が体を捩じって不自由な腕を動かすと、斎藤は気を取り戻したように、おもむろに身を浮かせた。

鋭い目を薄ら覗かせて、夢主の瞳を見るとすぐに目を閉じ、そっと、触れるだけの口づけをした。
ほんの一瞬の、短い口づけ。
指でなぞられたような優しい感覚に、夢主は擽ったさを覚えた。
 
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