-短篇

明】斎藤さんと、眉間
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そーっと、そーっと、手を伸ばして、トンっと指で触れた。
夢主はいつの間にか、斎藤の眉間の皺に触れていた。

「何のつもりだ」

「あぁぁぁっ、すみません、悪気は無いんです、ずっと見つめていたらつい」

「ほぉぅ」

ずっと見つめていたら。
見惚れていたと打ち明けてしまい、夢主は火照った頬を手で包み隠した。

斎藤は文机に向かって書物を読んでいた。
いつしか体の向きを変えて、襖に背を預けていた。
眉間に皺を刻んで、時に呼吸を忘れたかのような集中を見せる。
真剣な眼差しを本に落とす姿は、任務にあたる表情とも異なる。厳しさはないのに、何かを背負ったような真っ直ぐな視線。責任感と言えばよいのか、夢主にも分からない真摯さだ。

本は、夢主が斎藤に触れた時に閉じられた。
斎藤の表情は俄かに緩むが、強張った眉間の皺は消えていない。

「まぁ、昔から眉間に皺が寄っているとは指摘を受けるが」

新選組時代の頃は、沖田や土方はもちろん、永倉や原田にも指摘された。冗談半分の時もあれば、真面目な時もあった。
今でも稀に指摘を受けることがある。
周りが怖がるだの、任務に関して考え込みすぎではなど、斎藤にとって指摘は常に「いらぬ世話」である。

夢主が斎藤の眉間を見ていた理由は、今までに斎藤を指摘した者達とは少々違った。

「は、一さんの眉間の皺、す、好きなんです、だからその、ごめんなさい……」

本当に見惚れていたのだ。
突然触れて、驚かせて、不躾で、あれもこれもごめんなさいと、膝の上で指先同士を擦り合わせて俯いている。
斎藤はその様子を面白がって、眉間の皺を解いた。

「触れるほど惹き付けられたとは、俺の皺が面白いか」

「面白いだなんて」

違います、と慌てる夢主、斎藤は分かっているとばかりにニヤリと笑った。

「冗談だ。触りたければ触ればいい。かと言って、わざと皺を刻むもんでもないな」

「ふふっ、そうですね」

夢主は膝の上に手を落ち着かせて微笑んだ。
夢主が目を惹かれるのは、眉間の皺が斎藤らしくて好きだから。
越えてきた苦難を表しているようで何だか愛おしくて、苦みが走って格好いい。夢主は、皺が格好いいとは伝え難く、「好きなんです」とだけ繰り返した。

斎藤はそんな夢主の言葉を聞きながら、本を机に戻した。ゆっくりと、何か思案しながら本を置く。目端に映る夢主は、またも膝の上で指先を弄んでいる。好きなんですと口にした言葉を、今更照れていた。
はにかむ姿を見て悪企みが整った斎藤は、静かに口角を上げた。

「お前も眉間に皺が出来ることがあるぞ、気付いているか」

「えっ、そうなんですか、知らなかったです。私も眉間に……気を付けないと」

膝上で絡み合っていた指は解れ、頬を覆った。知らなかったと落ち込む夢主に、斎藤はクククと喉を鳴らす。斎藤の悪巧みが既に夢主を導いていた。

「どんな時に眉間に皺が出来るか教えてやろうか」

「はい、気を付けたいので教えてください」

「お前が皺を寄せるのはな」

ニッと斎藤が大きく笑んだことで、言わんとしていることを悟った夢主が、目を見開いた。

「あぁぁっっ、言わないでくださいっ、分かりましたから、んんんん分かりませんが、分かりましたから」

夢主が真っ赤な顔で両掌を斎藤に向けた。
夫の、この愉しそうな戯れを求める笑みには覚えがある。何度も向けられて飲み込まれた笑みだ。
斎藤に向けた手を思いきり振り、顔を隠そうとする。斎藤の視線が届かぬよう、幼い仕草で抵抗していた。

「今も少し、寄っているぞ」

斎藤が夢主の手首を掴んで引き寄せると、困った顔で夢主は首を振った。
体中の熱を集めたような赤い顔で、違いますと首を振っている。

「俺は気にせん。お前が気に入ってくれているように、俺もなかなか気に入っているからな」

「一さんんんっっ」

夢主はついには目を強く瞑ってしまった。
斎藤はその力んだ表情を可笑しがって、夢主の眉間に口づけをした。
柔らかな感触にも力みは解けず、夢主は恐る恐る目を開ける。

薄ら開ける視界の中、斎藤が楽しそうに口端を歪めて夢主を待っていた。夢主の愛くるしい瞳が見えるなり、斎藤の下瞼が上がり、それから目尻が吊り上がる。

「はじめ……さん」

「何だ」

「いぇ……」

歪んだ笑顔から向けられる視線は、優しく強く、夢主を搦めていく。
視線に捕まるほどに、夢主の力みは解けて、見えていた小さな眉間の皺も消えていった。

綺麗な額だ。確かめた斎藤は、もう一度、そっと眉間に唇を落とした。
今からここに深く刻んでやる。
そう念じながら施した、触れるだけの柔らかな口づけだった。
 
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