-短篇

幕】春の夜の寒風
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夜が更けて、二つの隊が巡察に出て行った。
良く晴れた春の夜、風は冷たく地面の上を滑っていく。時折、男達のだんだら羽織が大きく膨らんだ。

男達が減り、静まり返った屯所で、夢主は布団の中にいた。
今宵、三番隊は留守居役。夢主の部屋の主も留まっている。衝立を隔てた向こう側、まだ布団に身は入れていない。眠りに身を落とす時間が短い斎藤は、まだ行灯明かりのもとで書物に目を通していた。夢主が目を開くと、灯かりの揺らぎが斎藤の動きを伝えてくれた。

「っくしゅっ、くしゅん」

夢主が短く、くしゃみを繰り返した。布団の恩恵に預かり温かいはずなのにと、慌てて身を丸め、布団を引き上げる。布団から熱が逃げぬよう、もっと温まるようにと、丸くなる。それでも肌がふるっと震え、夢主は再びくしゃみを繰り返した。

「寒いのか」

夢主が布団から顔を出すと、斎藤が衝立から姿を覗かせていた。寝巻一枚の姿だが、斎藤は寒さを感じておらず、衿の合わせも苦しさを厭ってか緩い。白い寝巻の緩みから見える鎖骨の間が、夢主には寒々しく見えて、身を震わせた。斎藤が感じていない寒さを、想像しただけの夢主が感じてしまった。

「すみません、うるさいですよね、気を付けます。大丈夫です、少し鼻がむずむずするだけで……っしゅっ」

「寒いんだろ」

日中の春の陽気が嘘のように冷え込んでいる。寒がりの夢主が特別に支給してもらった厚手の掻巻布団は、ここ暫く続いた暖かい日によって、押し入れ部屋に追いやられていた。薄くなった布団を、夢主は顔が隠れるまで引き上げて使っていたのだ。

「お布団、取ってきます。すみません、用意が悪くて……」

「そのままでいい。取って来てやる。寝る前に土方さんの部屋に行くつもりだったんでな、ついでだ」

ついでと言っても、布団を持って一旦戻るのだから、ついでにはならない。夢主は自分で行きますと身を起こすが、斎藤に衝立の脇を塞がれて、出ようにも出られなかった。

「阿呆、体を冷やすだけだろうが。言うことを聞かんか」

「はぃ……」

ごめんなさい、とばかりに俯く夢主に、斎藤はやれやれと身を屈めた。近付く大きな体に牽制されて、夢主は布団に押し戻される。

「風邪を引かれては面倒だ。分かっているだろう。面倒だから世話役の務めは果たしてやる。それだけだ」

「はぃ……」

「ほら」

夢主が風邪など引こうものなら土方に怒られ、沖田にはなじられる。面倒なコトこの上ない。
斎藤は布団を手にして強引に夢主に覆い掛ける。すると、人の手に押された花茎のように、夢主はしなりと体を横たえた。

「大人しく待ってろよ」

「はい」

役目が生じれば直ちに果たすのが斎藤だ。
冷たい夜気が入らぬよう素早く開閉される障子戸。
夢主は大人しく布団の中で耳を澄ましていた。
 
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