-短篇

北】ひらひら見舞う、刹那のお前
1ページ/4ページ


官が築いた札幌の町。道は碁盤目状に整い、町の中央を東西に大通りが走る。
大通りを初めて歩く人々は、農学校の演武場、特徴的な赤い屋根と大時計を見上げたものだ。その赤い屋根の大時計から北東、創成川を挟んだ区画にあるのが公立札幌病院だ。斎藤は、そこに入院していた。

「フゥ……」

斎藤は大きな息を吐いた。人が聞けば溜め息に聞こえる大きな息だ。
病床が並ぶ病棟。ベッドが並ぶ大部屋が続くが、斎藤は貴重な個室を割り当てられていた。壁には大きな窓が設けられ、園庭が覗く。部屋には秋の乾いた爽やかな風が吹き込み、柔らかな陽が差し込む。申し分ない状況だ。

そんな中で漏れた大きな息。斎藤は早い戦線復帰と、新しい刀に思いを馳せていた。

折れた刀の代わりは簡単には見つからない。
北の大地に刀があるだろうか。探す当てもないとは流石の斎藤も頭を抱えたい気分だった。

「一さん、新しい敷布を頂いてきました」

「あぁ」

鬱々と考え込みそうな斎藤を支えているのは、夢主だった。
突然函館にやって来て、気付けば札幌まで押しかけている。呆れたくなる斎藤だが、最早どうでも良いと思っていた。
楽しそうな様子で毎日世話を焼く。悪くないと感じていた。

「病院でも煙草吸うなんてさすが一さんですよね」

ベッドの敷布を変えたら灰皿も綺麗にしますね。夢主はふふっと微笑んで、斎藤をベッドから立ち上がらせる。
斎藤は追い立てられて、「やれやれ」と窓際に立った。
左手は未だ三角巾の中。自由になる右手に煙草の箱を持ち、器用に振って、煙草を一本浮かせた。

「手持無沙汰が過ぎるんでな」

「器用ですね、一さんは」

片手で煙草を咥え、燐寸を擦って火をつける。夢主は感心すると共に、器用すぎる夫の身を案じた。
灰皿の上は、溢れんばかりの吸い殻が積み上がっていた。吸い殻の数だけ溜め息が漏れたのだろう。

強い風が吹けば崩れて灰が散り、白い敷布を汚してしまう。
夢主は手早くも静かに古い敷布を外し、ベッドの枠に掛けた。その間にも、斎藤はゆったりと煙草を味わっている。

「量が増えてませんか」

「変わらんだろ」

「増えてますよ、まるで」

「まるで、なんだ」

「……いえ」

五年前、緋村剣心の呼び出しに応じなかった夜のようだ。そう思ってしまった夢主は、口を噤んだ。

「何でもありません、敷布を広げる前に灰皿、綺麗にしてきますね」

そう言うと、夢主は灰皿を手に、逃げるように病室から出て行った。

病室からは廊下も丸見えだ。内庭側と同じく大きな窓が並び、窓枠から窓枠へ、飛ぶように進む夢主の姿が見えた。灰の山を庇って手を汚している。斎藤は「全く……」と呟いた。

夢主は病院内を把握している。個室なのを良いことに、軍を通じて計らいを受け、夢主は特別に泊まり込んで斎藤の世話を手伝っているのだ。

夢主の薄い色合いの小袖姿は看病婦の白い看護衣に似ているが、一人昔ながらの着物姿は浮いている。
常駐する看病婦とすれ違うと、夢主は足を緩めてお辞儀をした。
 
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ