斎藤一明治夢物語 妻奉公

□1.コトハジメ
11ページ/12ページ


二階に上がると斎藤は奥の部屋に入り、自分の荷物を夢主に確認させた。
箪笥が二棹置かれ、一棹は既に斎藤の物が入っている。もう一棹の空の箪笥には今日運び入れた夢主の荷物が入るだろう。

「俺の物にお前が触る分には構わんが、出来ればそのままにしておいてくれると助かる。色々とあるんでな。分かっているとは思うが持ち出すなよ」

「はい、もちろんです」

「一番下には普段使わない刀やなんかが入ってる。危ないから気をつけろ」

「はぃ・・・色々あるのですね・・・」

「まぁ、いつもの愛刀はなかなかの代物でな、そうそう出番の無い奴らだが、持たない訳にもいかんからな」

「そうですね、いざという時に・・・」

一番下の引き出し中には短刀や仕込み杖、普段の刀とは明らかに異なる刃物が入っていた。
箪笥に入らない日本刀は一階の居室兼仕事部屋の床の間に大切に置かれている。普段は使わない二振りだ。

「それから・・・お前、覚えているか」

「はぃ?」

ククッと楽しげに箪笥の一番上の引き出しから荷物を取り出す様子に夢主は何事かと首を傾げた。

「祝言はまだだが、俺とお前はもう夫婦だろう」

「はっ・・・はぃっ・・・」

突然の言葉にそうなのだと実感し胸を熱くして、頬に手を添えて顔の火照りを抑えようとしていると、斎藤から何かを投げ渡された。

「だから、ほらよっ」

「えっ・・・ぅ、ぁあぁっ!!!」

「照れるなよ、夫の褌くらい綺麗に整えられるようになっておけ」

「でっ、でもっ!!下着はご自分でなさったほうが、皺を伸ばすのも・・・難しいでしょう!」

ほらよ、と渡された白布がすぐに褌だと気付いた。
慌てて突き返そうとするが斎藤は立ったまま受け取らんぞと腕を組み、夢主を見下ろしている。

「屯所にいた頃に言っただろう、いつか教えてやると。覚えろ、お前は器用だから簡単だ」

「でもでもっ!あっ、西洋の下着に変えたりはなさらないのですかっ!まだその方が・・・抵抗がっ・・・」

眉間に深い皺を作って見据えてくる夫に、夢主は言葉尻を濁した。
肩を小さくすぼめて頷くしかない。

「わかり・・・ました・・・」

「洗い方から教えてやる」

真っ赤な顔の新妻を楽しそうに庭に連れ出して、斎藤は洗い桶に井戸から汲み上げた水を張り、手洗いして皺を伸ばし干すまでの一連の流れを教えた。
巧みな手付きであっという間に竿に干された褌。夢主が自分が引き受けなくても良いのではないかと思うほどだ。

「ほら、お前もやってみろ」

「っ・・・はぃっ・・・」

のぼせたように真っ赤になった夢主は渋々襷を掛けて、懸命に指南を受けた通りに褌を洗い始めた。
斎藤は洗って干すまでの姿を、笑いを堪えて眺めた。

「で・・・出来ましたよっ・・・」

「ほぅ、上手いじゃないか。さすがだ。まっ、夫婦なんだ、当然だな」

夢主は無言で睨んで振り返り、恨めしげな赤い顔で不満を訴えた。

「パンツの方がまだ抵抗が無いのに・・・ボクサーパンツとか・・・褌って、その・・・」

「どうかしたか」

「いえっ、めおとっ、なんですからっ・・・が、頑張りますっ」

「ククッ、まっ、期待してるぜ」

斎藤に頭をポンと触れられると、不思議なことにふぅっと顔の火照りが取れ、夢主の顔は元の色に戻っていった。
恥ずかしさの混じった怒りもすっかり消えてしまった。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ