斎藤一明治夢物語 妻奉公
□1.コトハジメ
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「しかし、いい道場だな。どうした」
「ここではなんです、中で話しましょう。久しぶりなんですから」
庭や屋敷の造りに感心する斎藤を、沖田はいつもと変わらぬ笑顔で誘った。
「まぁ、色々とありまして・・・中でゆっくり話しますよ。僕も斎藤さんの話が聞きたいです。皆の話を・・・」
「あぁ」
「じゃぁ、私はさっそくご飯を用意しますね!」
「頼む」
斎藤は沖田に案内されて客間に上がり、夢主は再会した抱擁の中で囁かれたおにぎりを作りに勝手場へ向かった。
男二人で向かい合って座ると、前置きも抜きに別々に行動していた間の出来事を端的に伝え合った。
斎藤が辿った各地の戦、仲間の死、会津での出来事。沖田は道中二度も緋村に出会った事を伝えた。
「仙台に行ったのか、よく無事に」
「えぇ、行きは船で、帰りは・・・驚かないでくださいね」
「これは」
沖田は捨てずにしまい込んでいた、緋村から預かった書状を取り出した。
「緋村さんがくれたんです。今は人助けをして歩いているようですよ」
「信じられん、なんの冗談だ」
斎藤は薩摩と長州の大物の署名が並ぶ書状に驚いた。それを渡したのが緋村というのだから、尚更信じられなかった。
そして、聞かされた緋村の不殺の誓いに眉をひそめた。
「いつかこの目で確かめてやる。そして忘れたと言うのなら」
不殺などとふざけた事を。斎藤の眉間の皺が更に深く刻まれる。
己の正義にそぐわぬ者をどうすると言うのだ。守る為に剣を振るう、国を潰そうとする者、やっと訪れた民衆の平和を壊す者は俺が殺す。
幕末の置き土産、抜刀斎を殺るのは俺の仕事だ。
書状を一通り確認した斎藤がこれ以上見ていられんと押し返し、沖田が片付けていると、膳を手にした夢主が戻って来た。
「お待たせしました」
部屋に入って来た夢主の嬉しそうな声と顔、手にした膳の上のおにぎりに斎藤の顔は緩んだ。
何のことは無い、ただの白い握り飯だ。
だがその白い存在と、隣にある湯飲みから立ち上る湯気に、斎藤は昨日までには無かった温まっていく何かを感じた。
「たくさん食べてくださいね、添え物も少しご用意しました。・・・お酒は・・・」
「ありがたい。まだ早い、沖田君と話したい事も多いからな、酒は遠慮しようか」
「わかりました」
「お前も座れ」
込み入った話になるのではと腰を上げた夢主を、斎藤はその場に座らせた。
「お前も一緒に話せ。色々あるだろう」
「お邪魔じゃありませんか・・・」
「構わん」
「僕も。三人で久しぶりに、ねっ」
久方振りの三人で座る部屋。夢主はもう一度揃って過ごせる奇跡の喜びを噛み締め、二人の姿に微笑んだ。
夢主は改めて座り、無事に再会を果たした愛しい者の姿を見つめて目を細めた。感極まった再会の瞬間、抱擁の時には気に掛けなかった斎藤の変化を口にした。
「斎藤さんの髪・・・短くなってます」
再会して目に映る斎藤の全て、耳に届く全ての言葉や斎藤の立てる音が嬉しくて仕方がない。
夢主は心の底から満たされた顔で斎藤を見つめていた。
「あぁ、これか。会津で切ったんだ」
「そうなんですか・・・あの、会津では・・・」
「何も心配いらん。お前の気にしていた事は・・・全て終わった。俺はお前を選んだ。あいつも、時尾も生活は保障されている。案ずるな、何も気にしなくていい。お前は自分の幸せを見つめていれば・・・それでいい」
「一さん・・・」
「フッ、散切り頭も悪くないな、軽いし清潔だ」
「ふふっ、斎藤さんらしい感想です。洋装もとてもお似合いですよ。その、服なんですけど・・・」
「分かるか、東京での仕事は見つけてある。その制服だ。警察、巡査だ。見つけたというか、俺に見合う誘いを紹介してもらったんだがな。既に顔を出して手続きも済ませたんでな、制服が支給されたのさ」
「警察・・・一さんにぴったりのお仕事です。あの・・・誇らしいと思います、私が言うのもおこがましいですか・・・」
「お前が照れるな」
へへっと赤い顔で肩をすぼめる夢主。
言った本人が顔を赤くしていては、褒められた側が対応出来ないと斎藤は楽しそうに夢主をたしなめた。
「警察かぁ・・・」
新選組みたいだな、沖田の顔に書いてあるのを斎藤は見つけて小さく笑った。
「君も入ったらどうだ。いい仕事だと思うぞ、腕があれば問題ない」
「いえ、僕は・・・ここで生きます」
「そうか」
にこりと首を傾げる沖田に斎藤も深くは突っ込まなかった。