斎藤一明治夢物語 妻奉公
□2.新枕(にいまくら)※R18
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「一さんはいつ東京に戻ったのですか」
「俺が戻ったのはつい先日だ。仕事の手続きを終えて、まずはお前を捜すことを優先して動かせてもらったんだが、案外と簡単だったな」
「そうですか・・・」
「あぁ。ずっと空き家だった道場に若い兄妹が入ったと知ってな。兄はやたらと美しい剣を振るい妹は別嬪で、二人揃いにこにこ良く笑うと町で聞きつけた。お前らしかおらんだろう」
「あはっ、噂のもとは大家さんかな・・・気さくで優しいお方なんです」
「いい縁に巡り会ったな」
「はい・・・本当に」
話が落ち着くと頃合良く蕎麦が運ばれてきた。
夢主は何かを確かめるように、箸を手にする斎藤を眺めた。
「どうした」
・・・やっぱり手袋外した・・・食べにくいもんね・・・
「ふふっ、いいえ、何でもありません。いただきます」
「あぁ。頂きます」
二人が出て行った道場では、昼の食事を終えた沖田が一人には広すぎる屋敷の縁側に座っていた。
「あぁ・・・・・・静かだなぁ」
辺りを見回すが、鼠一匹、何の気配もない。
家屋と道場の修繕が終わり、あと手を入れるとすれば庭に放置された小さな畑くらいだ。土いじりに覚えがあり、種を撒くにも良い季節。
しかし沖田は一人庭を見つめ、動く気になれなかった。
「ふぅん・・・稽古でもするかぁ・・・」
沖田はゆっくりと腰を上げた。
蕎麦を食べ終えた夢主と斎藤は、店の前で暫しの別れを惜しんでいた。
夢主は北へ向かい家へ、斎藤は南の警視庁へ、正反対の方角へ向かう。
「本当に一人で帰れるのか」
「はい、歩いてすぐですし、私だって子供じゃありません」
「まぁ、そうだな」
「ではこれで・・・お仕事頑張って下さいね」
言葉を掛けてたおやかに微笑む夢主に、斎藤は南に向けかけた体を元に戻した。
「いや、やはり家まで送ろう」
「そんなに信用ありませんか・・・」
「信じてはいるが慣れない土地だ、心配なんだよ」
斎藤は心配すると言うよりは、怖い顔を見せた。
いいから黙って送らせろと顔に書いてある。
「わかりました・・・そんなに言うなら」
「あぁ。行くぞ」
家まで送ると決めた斎藤は、有無を言わさず夢主を連れて歩き始めた。
家に辿り着くと、夢主は初めて自分で門の鍵を開けた。
その姿を斎藤は不安に思ったのか、続いて家の鍵を探す夢主を後ろから覗いている。
「家に入る時は辺りを良く見てから入れよ」
「わかっています、気をつけますから」
心配性の夫をくすくすと笑うと、その夫である斎藤は本当に分かっているのかと顔をしかめた。
「お家の鍵がこっちで・・・」
自分が住んでいた時代の無機質な合金属の鍵とは違う、鉄だが温かみを感じる素朴な黒い鍵。
夢主はようやく家の扉を開けた。
「じゃあ、一さんはこれで・・・」
斎藤は家に入らずこのまま仕事に向かうだろう。
振り返って送り出そうとするが、急に圧し掛かってきた重みで動けず、その場で倒れそうになった。
「あっ・・・」
「ほら、襲われた」
「もうっ!一さんたら危ないですっ」
「ふざけているわけじゃない、入る時に気をつけろと言うのはこういう事だ。暴漢はその時を待って後ろから襲い掛かってくるぞ」
「わかりました、もっと良く確認します、気を付けますから・・・痛いですっ・・・」
後からきつく体に回された斎藤の腕が力強く巻きつき、傷めるつもりは無くとも夢主には痛かった。
「すまん、強すぎたか。だが我を忘れた男は容赦ないぞ」
「もう、わかりましたから・・・」
夢主は弱まった斎藤の腕に手を添えて体から解き、少し不機嫌な顔でくるりと斎藤に向き直った。
「充分気をつけますから、行って来てください」