斎藤一明治夢物語 妻奉公

□4.上野の山
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「今日もお仕事ですか」

「あぁ。桜だが・・・非番を待っていては散ってしまう。少しで良ければ今から行くか、その後俺は仕事だが」

「はいっ、少しの間でも構いませんっ、一緒に行けるなら・・・」

「そうか、なら朝飯は外で食うか」

「いいんですか」

「あぁ、部屋住みの多い東京では食事処に屋台、食べる場所には困らんさ」

「では、私も着替えてきますねっ」

ふふっ、と嬉しそうに腰を浮かせ部屋を出て行く姿を、斎藤は満足そうに見送った。
こんなにも簡単に外に出る約束が出来るとは。
京にいた頃は外出も自由にならなかった夢主が、今は楽しそうに自分の意思で行く場所を決めている。そんな姿に斎藤は頬を緩めた。

「嬉しそうにしやがって」

支度を済ませた二人は、家から近い上野の山を目指した。
いつも通り上着を夢主に持たせた斎藤は、制帽を持つ手を反対の手に酒瓶をぶら下げている。これから仕事だというのに良いのだろうか。
夢主はさすがに気になりチラチラ見てしまった。
視線に気付いた斎藤だが気に留めず、朝飯の相談を持ちかけた。凝ったものは面倒臭い、すぐに済ませられるものが良いだろう。

「先に飯だな」

「お蕎麦でいいですよ」

提案する前に見透かされた一言を受け、斎藤の眉が微かに上がる。

「そうか」

「通りすがりのお店で構いません」

屋台も店もそこらにたくさん並んでいる。
二人は既に人が多い店を素通りして、落ち着いた一軒の蕎麦屋の席に腰を下ろした。

男一人の客が多い中、夫婦で来るのは珍しいのだろうか。斎藤よりふた回りも年上と思われる店の主人が、にこにこと夢主に大きな天ぷらをおまけした。
満面の笑みで喜びを声に表して礼を述べる夢主を、これから仕事という独り者の男達が「よかったな姉ちゃん」と囃し立てた。
斎藤は目立つ事をしてくれるなと心中で呟くが、嬉しそうにおまけされた天ぷらを箸で持ち上げる妻の姿に、眉間の皺も取れていった。

店の並ぶ通りだけではなく、山の付近も予想より多い人の姿がある。
朝の散歩をする人々なのか。二人と同じく、最後の桜を楽しみに来たのかもしれない。
二人は後に日本発の公園と指定されるこの上野の山に辿り着いた。
池を左手に伸びる道には桜の木が並び、満開とは言い難いが、斎藤の予測通りまだ花が残っていた。

「わぁ・・・お花まだ残っていますね、綺麗・・・」

「少し奥に行くぞ」

「あっ、はい」

見えてきた桜の木々に見惚れる夢主だが、斎藤は先を急いでいた。
一声掛けると、池を背に歩き出した。

どうしたのだろう、不思議に思いながら夢主は後に続いた。
斎藤は黙ったまま神妙な面持ちで歩いている。
池や桜のある道を通りから離れるとすぐに人の数は減っていった。
賑やかな場所から目と鼻の先だというのに、どこか物淋しく感じる。桜の木もちらほらと存在し花を残しているが、何故か花見の人はいなかった。

「夢主、ここで待つか。この先は恐らく・・・荒れているかもしれん」

「えっ」

「ほんの弔いだ。ここは戊辰の際に戦地となったからな。原田さんもいたかもしれん」

「あっ・・・私も・・・行きます、一緒に」

「あぁ」

原田の名前を出してはどうあってもついて来てしまうだろう。分かってはいたが、斎藤は口にしてしまった。
焼け落ちた木や、弾丸の痕。夢主には辛いかもしれない。しかし誰より昔の仲間を想っている夢主に隠せはしなかった。
 
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