斎藤一明治夢物語 妻奉公
□5.淋しがり屋の恋女房※R18
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「話せる範囲で言えば、押し入りだ」
「押し入り、物騒ですね」
「あぁ。押し入りに限れば別に珍しくも無い。このご時世、食いっぱぐれている者は多いからな。だがその事件の中に何やら隠れているようなんだよ」
「何かとは・・・」
「分からん。上からの指示で明治になる直前の事件も調べ直しているんだが、どうもおかしな部分があってな。江戸でも御用盗が相次いでいたのは知っているだろう」
「えぇ、京や大坂でも頻発して僕らが駆けつけたものですが。江戸も結構酷かったとか・・・」
幕末、京でも江戸でも攘夷に託けて、利益を出している商家に押し入る不逞の輩が後を絶たなかった。
その為にどれ程の血が流れたか、京の市中を取り締まっていた沖田には手に取るように分かる。
「そのようだ。その御用盗の中に幾つか不審な記録が残っていてな。最近の報告書にも奇妙なものが見つかった。一件二件ではない、どうやら繋がりがあるようだ」
「そうですか・・・随分と大変そうですね」
「あぁ。ここ数年、江戸から東京に変わってからはその妙な案件は無かったそうだが、今月に入ってまた似たような報告書が上がってきた」
「へぇ・・・それは気になりますね。教えてくださいよ」
庭に体を向けたまま、斎藤はちらりと沖田の姿を目に入れた。
にこにこと相変わらず人の良さそうな笑顔だが、瞳の力は少しも衰えてはいない。力のある男の目だった。
「傷口だ」
「傷口?」
「あぁ。押し入られた現場は裕福な商家。そこは使用人まで含めて全て斬殺されていた。だがその傷口が普通では考えられない傷だった、とな」
「普通ではない傷・・・それは一体」
「君に話せるのはここまでだ。すまんな、君が警察に入るというのならば話せるんだがな」
東京で起きていなかっただけで、他の地域で起きていたのかもしれない。
斎藤は不可解な報告書を思い出して、また溜め息を吐いた。
「ははっ、それは困りましたね、続きは知りたいですが諦めましょう」
「そうか」
警察内に使える人間が少ないと知った斎藤は、沖田を誘っていた。
剣の腕も柔術も機動力も文句無し。小難しい策は苦手だが現場での判断力はある。
力になってくれるのならばと望むが、己の道を決めた沖田が首を縦に振らないのも知っていた。
「僕からも話があるんですよ。祝言の日取りです」
仕事の話から突然個人的な話に変わり、斎藤は自分でも気付かぬうちに目を大きく開いていた。
沖田はそんな変化を見て愉快気に言葉を続けた。
「前にご相談した日で決まりです。道具入れも嫁入りも済んだ状態ですし、お望みどおり静かに慎ましやかな祝言になりますよ」
「そうか」
これまでの多弁が嘘みたいに短い相槌が返ってくる。
沖田はますますにんまりと口元を緩めた。
「問題がなければ・・・当日、宜しくお願いしますよ」
「あぁ。君から夢主に伝えておいてくれ。俺はこのまま警視庁に帰る」
「はっ・・・」
このまま戻ると言う斎藤に、沖田はすっとぼけた声を出した。
だが何をとぼけた事をと思ったのは沖田の方だろう。
「何を言っているんですか、貴方達の祝言でしょう!ご自分で伝えてくださいよ!僕を何だと思っているんですか」
「フッ、冗談に決まってるだろう、さすがに人に任せはせん」
「あぁ吃驚したぁ・・・斎藤さんは本当に人が悪いなぁ」
「ククッ、君があまりに真面目に話を進めるもんだからな。そのくせニヤニヤとみっともない」
「むっ、失礼ですね。真面目に進めるのは当然でしょう、夢主ちゃんにとってどれほど心待ちにした時か、分かるでしょう」
「フン、まぁな。そうだといいが」
「全く今更なのはどっちですか。・・・もしかして斎藤さん、照れ臭いんですか」
「んんっ、そんなわけあるか阿呆ぅ。自分で伝えるさ」
図星かと指摘される前に斎藤は咳払いで誤魔化した。
そしてもう行くぞとばかりに背を向けた。
「そうですか、夢主ちゃんの喜ぶ顔をしっかり覚えておいて下さいよ!それから、当日を楽しみにしていてくださいね」
ふふん、と嬉しそうに笑う沖田。
斎藤は素直に感謝するが、何やら裏のある笑顔に小さく息を吐いた。
「手間を掛けさせるな、素直に感謝しておこう。また何かあれば知らせてくれ」
「はいは〜い!おやすみなさい、ふふっ」
満面の笑みで別れを告げる沖田に、斎藤は心中舌打ちをして立ち去った。