斎藤一明治夢物語 妻奉公

□6.祝言の時
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座敷では一足先に支度が整った斎藤が、一人凛々しく立っていた。
二人が座る場所、見守る沖田と大家の婆、そして招待客が座る場所が用意されている。

「こんな立派な衣装を用意できる"客"とは。沖田君め・・・いや、まさかな」

「一さん・・・」

考え事を打ち消すように耳に届いた声に、斎藤はゆっくりと振り返った。

すらりと背の高い斎藤に良く似合う漆黒の衣、九枚笹の紋が付いた羽織り、そして皺一つ無い縦縞の袴。
その全てが雄々しくも怪しげな斎藤の魅力を引き立たせていた。

夢主はいつもと異なる改まった姿に見惚れ、足を止めた。緊張で震えていた強張りも解け、代わりに言葉を失った。
言葉を失ったのは斎藤も同じだった。ようやく搾り出した声で名を呼ぶのが精一杯だった。

「夢主・・・」

「・・・一さん」

「こちらへ」

恥ずかしそうに小さく頷き、斎藤の隣へ歩む夢主。
斎藤は僅かな時も目を逸らさずに見つめていた。

「・・・綺麗だ」

ぼそり囁かれた言葉に、夢主は真っ赤な顔を上げた。
白粉が意味を成さんなと目で笑う斎藤に、赤い顔のまま微笑む。

「ありがとうございます・・・」

「さぁさぁ!」

早々に互いだけの世界に入ってしまった二人を引き戻すべく、沖田が大きな声を上げた。
沖田は照れ臭さを隠して澄ます斎藤の顔を、含み笑いで見つめながら言葉を続けた。

「お二人の誓いの儀を始めましょう!注ぎ手様のご登場です!」

「えっ・・・」

そう、招待客が一人。
沖田の楽しそうな声につられ、夢主と斎藤が座敷の入り口に顔を向けた。

「では、私の出番だな」

「ぁ・・・」

「っ、容保様」

朧に記憶している白黒写真の姿と目の前に現れた人物を重ねて声を漏らす夢主と、よく知る顔に驚きを隠せない斎藤。
沖田と容保本人は「してやったり」と顔を見合わせにやりとした。斎藤の冷静さを奪う事に成功したと確認した。

「まさかとは思いましたが、何故容保様がこのような場へ」

「はははっ、良い仲間を持ったではないか藤田よ。沖田が私を誘い出してくれたのだ」

斎藤は「ふふっ」と笑う沖田に睨みを利かせ、悪態をつけない状況に感謝しろと目を逸らした。

「まぁそんな顔をするな、めでたい場であろう。しかもお主の祝いの席だ。正直、会津でお前の言葉を聞いてから会うてみたいと思っていたのでな、沖田の誘いは嬉しかったぞ」

「それは・・・」

「夢主殿」

「はっ、はいっ」

「ははははっ、そう肩に力を入れなくとも良い。さて、私に祝いをさせてくれるか」

「は、はいっ、宜しくお願いしますっ!」

「勿体無きお言葉。容保様のお気持ち、有り難くお受け致します」

突然の人物の訪問に夢主は頭が真っ白になっていた。
笑顔で皆を落ち着かせようとする容保の前で、斎藤は夢主を気遣い座らせた。

「よし」

女と向き合うことなどしなかった男が、主君の持ちかけた縁談を断ってまで添い遂げたかった女。
容保は夢主の姿を優しく眺め、嬉しそうに何度も頷いた。

そして夫婦の契りとなる固めの酒が酌まれた。
いつもと変わらぬ気持ちでこの場にやって来た斎藤も、容保の登場で僅かに緊張を感じていた。

酒に呑まれてしまわぬよう、形だけ酒を頂く夢主。
斎藤も明治に入り酒を控えている。しかしこの場ではさすがに大丈夫だと判断し、酒を喉に通した。

夢主が三度、そして斎藤が三度、最後に夢主が三度杯から酒を含むよう見せた。

見守る者達の温かな視線が二人を包んでいる。
視線から伝わる想いと、ほんのり触れた杯から伝わる酒の香りに、夢主は体が温まるのを感じた。

「うむ、二人は善き夫婦になるであろう」

容保から言葉を受けた二人は見つめ合い、知らずに微笑んでいる。
互いの瞳に映る幸せな自分の顔を見ていた。

それから夢主と斎藤から三人に酒が回されるが、早々と飲み干した大家の婆は夢主を隣室に連れ出した。

「動きやすいようにお色直しじゃ!色打掛が待っておるぞ!」

「あははっ、せっかちだなぁ!!」

強引に夢主を連れ去る婆を沖田は腹を抱えて笑った。

そんな賑やかな部屋から縁側に出た容保は辺りを見回し、そしてつと振り返った。

「藤田五郎」

「はい」

「こちらへ」

残された斎藤は穏やかな声に呼ばれ、庭を眺めて立つ容保の隣に並んだ。
 
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