斎藤一明治夢物語 妻奉公

□7.蛍火
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「お団子なんて、もういつ食べたのかも覚えてないや・・・」

小さな本音。きっと甘いものが、団子が大好きなのだろう。
甘い香りに心を奪われる子供の顔を夢主は優しい眼差しで覗き込んだ。

「あのね、お姉ちゃん一人で食べるの淋しいなぁって思ってたんだけど、良かったら一緒に食べない?」

「でも、僕お金持ってないんです。僕より強い人に盗られちゃうと困るから、必要な分しか・・・」

「えっ」

「お金、無いんです」

貴方の分はもちろん一緒に自分が支払いを、そう続けたかった夢主だが、きっぱり笑顔で金が無いと言い切る男の子に驚いてしまった。
どこかに奉公しており買出しを頼まれたその帰り道。余分な金はスリや強請りから逃れる為にも持たされていない。それは当然かもしれない。
しかし夢主はあっさり「お金が無いから帰る」と微笑み、迷いなく帰ろうとする子供に戸惑った。
明らかに団子に惹かれている。欲しいものを諦めるにしても、残念な顔を見せてもよい年頃だ。

「そぅ・・・あのね、お姉ちゃんとお団子半分こしようか」

「でも・・・僕、返せる物が何もありません」

「返すものなんて・・・いらないのよ」

「そういうわけにもいきません」

少しも惑い無く笑顔で語られる言葉は正論だ。しかし見返りを求めるばかりが世の中ではない。
夢主は真面目なこの子が本心では欲しがっている団子を食べさせてあげたいと、どうすれば良いか首をひねった。

「うぅん・・・じゃあ、お団子の味と今日の事を覚えておいてくれるかな」

「今日の事?」

「うん。それがお団子代!」

「そんな事でいいんですか。後から何かを求められても僕困りますけど・・・」

「ううん、他に何もいらないよ。お姉ちゃん一人でお団子食べるのは淋しいから。一緒にいてくれると嬉しいな」

「わぁっ・・・じゃあ、僕覚えておきますね!お団子一緒に食べてあげる!」

「ふふっ、ありがとう」

ようやく見ることが出来た子供らしい笑顔に夢主もにこりと頷いた。
幼いながらに仕事熱心な目の前の見知らぬ子供が愛おしく感じる。

「いただきまーす!」

手元にみたらし団子がやって来ると早速手に取り、笑顔で頬張っている。
心から満足しているようだ。夢主も嬉しさで顔が綻んだ。

「お姉ちゃんは強いの?」

「えっ、私?」

団子の串を手にした男の子の突然の質問に、夢主は目を丸くした。
自分に武術の心得があるようには見えないはずだ。

「強くなんか無いよ・・・あっ、でも周りに強い人は沢山いるかな、ふふっ」

周りにいる頼りになる強い者、夫となってくれた斎藤や、幾度も力を貸してくれた沖田の存在を想い、頬を緩めた。

「そっかぁ・・・じゃあお姉さんはその人達の糧になっているんですね・・・」

「えっ?何っ?」

「いえっ、何でもありません。お団子ありがとうございました。僕もう行かなくちゃ!さようなら!」

団子の串を皿に戻して立ち上がり、みたらしの甘い香りを広げながら子供は笑顔で挨拶をし、足元の荷物を手に取った。

「帰り道、気をつけてね。一緒に食べてくれてありがとう」

「うんっ!」

子供は満面の笑みで頷き、背中を向けて真っ直ぐに駆け出した。
少し行った所で振り返り大きく手を振ると、一気に加速して、ただでさえ小さなその背中があっという間に見えなくなった。

「何て足の速い子。・・・名前、聞きそびれちゃったな・・・」

子供を見送った夢主は、串にひとつ残った自分の団子に目を落とした。

「どこかであの子・・・」

先程の子供に何かが引っかかる。
ひとり考えるが、何も思いつかずに最後の一つを口に運んだ。
 
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