斎藤一明治夢物語 妻奉公
□8.大きな蛍※R18
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早朝、寝巻姿のまま夫の出勤を見送った夢主は、布団に戻り再び体を横たえていた。
夢主を気遣い斎藤が朝一で雨戸を開けてくれたおかげで、部屋の中には朝の白い陽が差し込んでいる。
「いいお天気・・・」
障子戸に横向きにはめられた細長い硝子から、ぼんやりと外の明るさを眺めていた。
まだ板硝子の製造が行われていない日本、この板硝子が舶来の品だと夢主は知らない。
硝子も畳も、家の全てがすっかり馴染んでいる。平和な日々に、自分がどこから来たのか、自分の存在に悩むことは無くなっていた。
人のいない庭では小鳥が何やら啄ばんでいる。小さな鳴き声が度々聞こえてきた。
目を閉じて瞼に残る光の残像に、昨夜の蛍の乱舞を思い出す。
それから斎藤の瞳でゆらめく光を思い出し、愛された時を思い出した。
思わずはにかんで体を縮めた。蘇る満たされた時に、微かな疼きを感じたのだ。
それから夢主は川で見かけた沖田の姿も思い出した。
「沖田さんどこに向かってたんだろう・・・」
・・・そうだ、自分で訊いてみよう、だって気になっちゃうんだもん・・・
幸い今日は沖田の稽古が休みだ。子供がいては聞きにくい話も聞ける。
夢主はのっそりと布団から起き上がり、遅い一日を始めた。
昼前、夢主は沖田の屋敷に上がっていつも通りに昼餉の支度を整えた。
一人稽古を終えた沖田が頃合良く顔を出し、ふたりで膳を座敷に運んだ。
食事を始めるが夢主のいつもと違なる様子が気になる沖田は、突き刺さる視線を笑顔で受け流して箸を進めた。
沖田の膳が空になったところで夢主がようやく口を開いた。
「総司さん」
「何でしょう」
ようやく口を開いてくれた・・・。
これで視線の理由が分かるとホッとした沖田はにこやかに返事をした。
「総司さんって、もしかして・・・好い人がいるのですか」
「っ・・・・・・」
「どうなんですか」
突然の質問にぽかんと口を開ける沖田。夢主は至って真剣だ。身を乗り出して答えを待っている。
緊張して待つ姿に、堪らず吹き出してしまった。
「・・・っははははははは!!どうしたの夢主ちゃん、突然っ!」
「笑わないでください!だって総司さん最近少し変です!変わりましたよ」
「そうでしょうか」
「はぃ、そうです!なんて言うか、元々飄々とはしてましたが、磨きをかけてサラッとしていると言うか・・・」
「さらっと」
「はい。それに夜・・・いない夜があるって一さんが」
「あぁ、夜ですか」
「この前も川のほとりで見かけたし・・・実は好い人がいるんじゃありませんか、隠さなくったっていいじゃありませんか!お力になりますよ」
「ふふっ、ありがとう夢主ちゃん。でも残念ながら違いますよ。特別な人なんていません」
「そうなんですか、私はてっきり・・・」
夜ご機嫌で一人歩く理由は女の人ではないのか。
夢主は予想が外れて大きく首を傾げた。
「ご期待に沿えず申し訳ありません、あははっ」
「じゃあ総司さん・・・何で」
「それより、川といえば昨夜は僕も川を通ったんですけどね、蛍が見事でしたよ」
「総司さんもいらしたのですか」
夢主は更に身を乗り出した。
膝にぶつけた膳がひっくり返らないよう、沖田が咄嗟に押さえる。