斎藤一明治夢物語 妻奉公

□10.斎藤の嗜好品
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「待ってください」

「動いていれば熱なんてもんは下がるんだよ」

「無理しちゃ駄目です、どうしても行くって仰るなら、警視庁まで一緒に行かせてください」

「馬鹿か、駄目に決まっている」

「せめて無事に辿り着くまでご一緒します!お体が優れないのに一人で歩くなんて・・・」

「ガキじゃあるまいし。足元もぬかるんでいる、お前こそ大人しくしていろ」

仮に熱があろうが動けぬ訳ではない。
いちいち騒ぐなと斎藤は険しい顔を見せた。

「駄目です!それに一度くらい警視庁に行ったっていいじゃありませんか」

「何故だ、来なくていい。必要無いだろう」

「だって!もしかしたらこれから先、一さんの荷物とかお届けに伺うかもしれないじゃありませんか」

「そんなもん、必要なら誰か使いを寄こすさ」

「私の身が心配だからご自身でなさるんじゃなかったんですか」

夢主の問い詰めに斎藤に眉間の皺がぐっと深まった。

「ちっ・・・それは遠出の時の報せの事だ」

「じゃぁいいんですか、知らない人が来ても玄関にお通しして」

自分が大切にされていると知り、逆手に取った問答に斎藤は苛立ちを募らせた。
普段は大人しく頷くくせに妙に反抗的だなと、夢主を睨み付ける。心配されるほど軟な体では無いと言いたげだ。

「お前、俺の立場を知っているだろう」

「ただの、警官の妻が、泊り込みの夫に荷物を届けて何がいけないのですか」

「こいつ・・・」

「ただの警官、なのでしょう」

世間的にはただの警官、川路警視総監の密令を受けた身であるとは、警視庁内でも限られた人物しか知らない。

「分かった分かった。だが今日はいい。必ず機会を作ってやるから、お前には庭の手入れを頼む。・・・枝が広がってきたな」

これ以上は面倒だ、観念したと首を振るが、斎藤は夢主の帯同を拒んだ。
気だるさはあるが、どうってことは無い。
それより夢主を足下の悪い中を警視庁まで歩かせ一人帰らせるなど、女の足にはなかなかの距離、それこそ気掛かりだ。
いずれ案内するのは構わないが、今日ではない。

斎藤は嵐に負けなかった庭の木を見上げた。
幾らか葉が減ったが、見事に張った枝には、豊かな緑を残していた。

「この木も手入れが必要だな」

「庭師さん・・・お呼びしますか」

「いや、いい。またの機会だ。お前の言う通りだ、俺のいない間に余所者を通して欲しくはない」

厭味を込めて庭師の依頼を勧める夢主に対し、自分のいない間に他人を敷地内に入れたくない斎藤はすぐさま首を振った。
その代わり警視庁への案内は必ず実現させると約束した。

「じゃあな、家を頼んだぞ。ついて来るなよ」

「あっ・・・」

まだ呼び止めようとする夢主に隙を与えぬよう、斎藤はニッといつもの澄まし顔を残して素早く家を出て行った。
警視庁を目指す足取りは、熱の気だるさを感じさせない確かなものだった。

「もう一さんてば、あんなに駄目って言わなくてもいいのに・・・」

斎藤が歩く道を見つめるが、夫の姿が完全に見えなくなり我に返ると、家の前を汚している様々な物が目に入ってきた。

「お掃除頑張ろ・・・」

家前の道も庭の中も、片付けなければ。終われば我が家より更に広く困っているであろう沖田の屋敷へ手伝いに行かなければ。
夢主は気合を入れ直して掃除に当たった。

我が家の片付けを済ませ沖田の屋敷へ出向くと、思った通り沖田が一人、広い庭を箒で掃いていた。
湿った葉は集まりにくく、苦戦している。

かく言う夢主も裏口を潜ると、濡れた地面に足を取られそうになり苦労した。
二つの家を繋ぐ細い路地は、真ん中一列を四角い敷石で整えられて、歩くに困らない。
しかし一歩敷地内に入れば土の地面。裏口は日も当たりにくく泥濘が酷かった。

「総司さん、お手伝いに来ましたよ」

「夢主ちゃん!ありがたいな〜〜!是非お願いします!」

掃除に専念して沖田と遊郭の一件をすっかり忘れている夢主は、庭を整えようと懸命だった。
細やかな掃除を夢主が行い、湿った葉を移動したり高所に引っかかった物を取り除いたり、力仕事と高所作業を沖田が行った。
途中、昼飯で休息を取るが、すぐに二人の作業は再開された。
 
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