斎藤一明治夢物語 妻奉公

□12.秘め事
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東京から西へ向かう道筋、主な旅路は東海道と中山道だ。
そのどちらからも外れた山道をひたすら進む二人がいた。

「志々雄さーん、待ってくださいよ!」

「何だ宗次郎。お前、足なら俺より速いぐらいじゃねぇか」

一度は顔を振って後ろを気に掛けるが、志々雄はそのまま行ってしまった。
体の小さな宗次郎は小走りで懸命に追いかける。

「そうかもしれませんけど、置いていかないでくださいよ、走る速さと旅足の速さは違うと言いますか」

「ついて来れねぇんなら置いていくぞ。一緒に来たけりゃ死ぬ気でついて来い」

「どこまでもついて行きますよ。僕は志々雄さんのそばで、志々雄さんの次に強くなれるように頑張ります」

慕う言葉に一瞬、志々雄の目つきが和らいだ。
自らの手で恐怖の元を断ち切った夜、ついて来るかと訊かれ、土砂降りの雨の中を共に歩き出した宗次郎。
今ではすっかり志々雄に懐いている。

「フッ、その意気だ。その分だとそう遠くないうちに俺を置き去れるほど疾くなるだろう」

「志々雄さんよりですか」

「あぁ足だけはな。強さじゃあ無理だが、その足で二番目に強くなれるだろうよ」

「わぁ・・・志々雄さんの次に強く・・・嬉しいな。僕、頑張ります!」

話しながらも歩みを緩めず、志々雄は凹凸のある山道を登っていく。
颯爽と歩く志々雄に対し、宗次郎は貰った脇差を腰に揺らしながら、時々斜面に手をついて必死に登っている。
それでも息が切れなくなってきたのは、志々雄の後ろを離れずについてきた成果だ。

「所で志々雄さん、なんで刀なんか拾ったんですか、今の刀が駄目になっちゃったんですか」

「あっ?違ぇよ、刀はヒビ一つ入っちゃいねぇさ。俺の腕を見くびるなよ」

「すみません、僕そういうのは良くわからなくて」

以前なら強い言葉に対し、蔵で出会った時のように怯える笑顔を見せた宗次郎だが、今は志々雄の強気の言葉を怖がり体を強張らせる回数も少なくなった。
ただ変わらないのは、常に笑顔でいる事だろう。

「まぁそのうちに分かるさ」

志々雄が戊辰戦争の最中に仲間の手により負った全身の火傷は、完全には癒えていない。
だが包帯の上から長着を羽織れる程に回復していた。

「俺の刀は斬れば斬る程に強くなる刀、普通の刀とは訳が違う」

「ふぅん、凄いんですね。そんな凄い刀があるのにどうしてなんですか」

「さっきから煩せぇな、剣客なんだ、刀の一振二振持ってちゃ悪いか。それにな、この刀はあんな弱い奴らが持つには相応しくねぇんだよ」

「さっきの人達ですか」

どこから盗み出したのか、山中で刀を手に騒ぐ連中がいた。
志々雄はその刀を見てすぐに元の持ち主を見抜いた。

「この刀は強い男が持つべき刀だ、あんな連中には勿体ねぇ。なんだかんだで先輩も勝てなかった連中だからな」

「先輩?」

「フッ、何でもねぇよ。行くぞ、暫く黙ってろ」

・・・そう、人斬りの先輩、人斬り抜刀斎も何度か対峙し勝ちきれなかった新選組の連中。そこの頭の刀だ。俺の手元に置いてやる。強い男が持つに相応しい刀だ・・・

黙っていろと言われた宗次郎は子供特有の質問の繰り返しを止めて、大人しく口を閉ざした。
自分を助け、世の中の真理を教えてくれた男の後ろを、宗次郎はただ真っ直ぐついて歩いた。
 
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