斎藤一明治夢物語 妻奉公

□13.明治の夜酒※R18
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沖田を追いかけ吉原を訪れてから数日が経っていた。
妙から着物を受け取るためにもう一度赤べこを訪れた夢主は、前回と同じく妙に頭を下げられた。

「ごめんなぁ、綺麗に落ちきらんくて」

汚れの状態を夢主に見せる為、妙は自分の大切な一張羅を扱うように丁寧に着物を手に取った。
泥濘で派手に転んでできた汚れは二度洗いでも落ちず、不思議な岩の断面でも見ているような、歪に縁取られた染みとなって残っている。

「あの後すぐに洗えば良かったのに、私ったらお店が終わるまであのままに・・・本当に堪忍な」

「いいえそんな、だって私が勝手に転んだだけですし、妙さんこそ何度も洗ってくれてありがとうございます」

本音を言えば少し残念だが、何度も手間をかけてくれた妙には感謝の気持ちしか出てこない。
むしろ斎藤に貰った小袖で無くて良かったとほっとしている。

特別なあの覗き紋が入った乙女椿色の一枚は二階の箪笥にしまってある。
紋を九枚笹に書き足すのを心待ちに、斎藤と再会してからは袖を通さずに大切に保管しているのだ。
紋入れに出してくれると言ってくれた斎藤は仕事が忙しく忘れているかもしれないが。

あの人のことだからそんなはず無いだろうけれど・・・
一度聞いてみようか、あれこれ考えていると、着物の染みを気にして俯いていると勘違いした妙が、すまなさそうに眉根をハの字に寄せていた。

「ほんまにごめんなぁ・・・お詫びに今日は浅草しっかり案内するからね、楽しみにしててなぁ。帰り道やし着物は帰る時に持って行ったらいいかしら」

「違うんですよ、着物のことじゃなくて・・・えっ、浅草今日行くんですか?お店空けられるんですか・・・」

「いいのよ、今日はもう店仕舞い。何も浅草に行く為だけじゃないんよ、お父はんの都合でね、夢主ちゃん来たしちょうどいいわ」

「大丈夫ですか・・・」

「ふふふっ、気にせんで、ほんまに大丈夫やから」

午後の予定を考えていなかった夢主、前掛けを外す妙の笑顔に負け、そのまま浅草歩きに出かけた。
暦の上では秋を迎えているが、頭の上ではお日様が輝き、強い日差しが降り注いでいる。
更に通りを行き交う人々の熱気も加わり、目が回りそうだ。

「凄い人ですね・・・」

「浅草はいつ来ても凄い人やからなぁ。商人にとってはありがたい人混みやけどね」

人いきれの中でも爽やかに笑う妙に、どこか涼しさを感じる。
団扇売りを見つけ小走りに駆け出し、団扇を二つ手に戻ってきた。

「はい、団扇。ちょうど良かったなぁ。夢主ちゃん、いい所に連れてったげるわ。足を冷やしながら甘味を頂けるんよ」

「甘味ですかっ」

団扇で扇ぎながら甘いものに誘われて、ついて行った先は沢山の木や花に溢れた大きな庭、屋敷だった。

「ここは・・・」

「花屋敷よ」

「花屋敷ですか!」

「そうよ、夢主ちゃんも知ってるん?」

「名前だけは・・・」

記憶から浮かぶのは、機械仕掛けの遊具が並ぶ花屋敷だ。
遊園地の花屋敷、今を共に生きる皆が見たらさぞ驚くのだろう。

まさかこの時代に花屋敷という存在があると思わなかった夢主は、団扇で前髪をそよがせて庭園内を見回した。
妙は慣れているのか、どんどん進んで行く。敷地内には池も造られ、小亭がところどころに設けられている。
暑い季節にも人を呼び込もうと、足を水に浸せる場所も用意されていた。

「夢主ちゃんこっち、この辺で休みましょう」

小亭の日陰の下、広い庭を彩る花を愛でながら休んていると、妙は団扇を扇ぐ手を止めて思い出したように顔を上げた。

「そういえば今夜は十五夜さんやなぁ、団子でも買うて帰ろうかしら」

「え・・・」

「十五夜よ、今夜はお月さんが綺麗やで」

「あ・・・十五夜・・・」

斎藤と再会を果たし、ささやかな祝言を挙げ、それから平和な似たような日々が続き、いつしか季節は変わっていた。
京にいた頃、斎藤が教えてくれた二夜の月。十五夜と十三夜、そのうちの今宵は始めの月夜だ。
すっかり忘れていた、大好きな月夜の中でも特別な日。
豊かな収穫を祈り感謝する意味もあるが、夢主にはもっと特別な日になっていた。

「夢主ちゃんお酒は呑めるん?月見といったらお酒よね、ふふっ」

お供えするのもいいけど、やっぱり自分達が飲みたいわよねと笑う妙に、夢主も頷いた。
斎藤はもう酒を嗜まない。買って帰っても無駄になるだろうか。
それでも夢主は帰り道、団子と共に月に捧げる酒を買い求めた。
 
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