斎藤一明治夢物語 妻奉公

□14.忘れた頃に
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お腹を満たして眠りに戻ってからどれくらいの時が経ったのだろうか。
充分な休息に体が満足したのか、夢主の瞼がすっと開いた。
布団の中から見えるのは見慣れた庭。隅には束ねられた枝が置かれている。葉が落とされており、乾燥させて薪にでもする気なのだろうか。

「一さん・・・」

薪を束ねた本人を探すが、庭を手入れしていたはずの斎藤はそこにはおらず、体を起こして部屋の中を見回すが、寝間にも襖の開かれた隣りの座敷にも夫の姿は無かった。

「一さんっ」

台所にも人の気配は無い。
一日家で過ごすと言っていたのにと、不安になった夢主は姿を探そうと布団から抜け出た。
ちょうどその時、コトン・・・ガタンと立て続けに物音が響いた。天井を見上げ階上からの物音だと確認すると、二階へ駆け上がった。

「一さんっ!」

物音が聞こえる奥の部屋を開けると、座る斎藤の後姿が見え、安堵で肩の力が抜けた。

「良かった、一さんどこかへ行ってしまったのかと・・・家にいると話していたので不安で・・・」

振り返った斎藤は口に懐紙を咥えていた。
武具の手入れをしていたのだ。

「すみませんっ」

慌てて部屋を出ようとするが、斎藤が顎を振って部屋の奥に入るよう示した為、夢主はそっと夫の背後を通り抜けた。

部屋には二棹の箪笥が置かれている。
夢主と斎藤で一棹ずつ使うつもりだったが、少ない荷物で隙間を空けておくのは勿体ないと、夢主の箪笥には斎藤の着物も収まっている。
斎藤の箪笥には仕事で使う道具や大切な品が保管されていた。
斎藤は自らの品で埋め尽くされている箪笥から、武器の類を取り出して手入れをしていたのだ。

一番大切な日本刀は既に手入れが終わっているらしく、今は日本刀より細く携帯に便利な仕込み杖の手入れに勤しんでいる。
夢主が黙って見ていると、やがて刃の仕込まれた杖を置いて斎藤は口から懐紙を外した。

「もうよろしいのですか」

「あぁ、あとは懐紙はいらん」

良く寝ていたなと続けそうになるが、理由を思い出した斎藤は話題を変えなかった。

「滅多に使わん武具も手入れはしておかねばな、使い物にならなくなる」

「そうですね、金属は特にそうかもしれませんね」

様々な武具が揃っているとは言え、仕込み杖に短刀、柄を備えた刃が多いのは斎藤らしいだろう。

「私も荷物の整頓でもしようかな・・・構いませんか、お隣で動いても」

「構わんさ」

気が散って迷惑ではないか、確認すると斎藤は全く気にする素振り無く応じた。
夢主の荷物は全てが懐かしい品だ。京で譲り受け、江戸に運んだもの。比古に頼み、運んでもらったもの。
全ての物が誰かにより贈られたと言っていい程、思い出に溢れている。

家に越して来て初めに荷物を入れたままの引き出しを開け、一番上に置かれた懐かしい写本を取り出した。
頁を捲ると見える文字、数冊の本は書き手が違う。斎藤が写してくれた本、沖田の写し、そして自分で書き写した本が何冊か。
懐かし気にそれぞれを眺め、ふとその本の間に挟まれた一枚の紙を手に取った。

「懐かしい・・・」

つい声が漏れ、斎藤の顔が夢主に向いた。
手にした紙は京で枕元に置かれた藤の花を挟んだものだ。淡い色の小さな花は更に色褪せているだろうか。
そっと紙を開いたが、夢主は驚きで紙を顔に近付けた。

「嘘っ、どうして・・・」

「どうした」

手を止めた斎藤が訊ねると、夢主は何も残っていない紙を持ち上げて見せた。
僅かにあったのは花弁と雄しべの屑、粉のように紙から滑り落ちた。

「その紙は」

「挟んでいたんです、藤の花を・・・」

「確かか」

眉間に皺を作る斎藤、勘違いでなければ嫌な事態だ。

「挟んで持ってきたはずなんです」

「ここに運んでから開いた事は」

「ありません。そっか、もしかしたら途中で無くなったのかも・・・」

「そうならばいいが」
 
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