斎藤一明治夢物語 妻奉公

□15.制服 ※R18
1ページ/14ページ


小間物屋の赤べこが横浜で流行りの牛鍋屋へ看板替えをする。
妙と浅草に出かけた日、夢主はその手伝いを頼まれて引き受けた。
一旦店を閉めて品物を全て運び出して、空にした店舗を料理屋に作り直すのだ。

「日が決まったら連絡出したいんやけど、夢主ちゃんどこに住んではるん?」

互いを知る上で当たり前のそんな質問を受けて、斎藤と暮らす家を伝えて良いか躊躇った夢主は、妙に沖田屋敷の場所を伝えた。
理由はもちろんゆくゆくの事を考えてだ。
夢主自身や斎藤、妙がこれから出会う人々と紡がれるはずの物語。それらを壊してしまわないよう、日常を生きながら夢主は自分を戒めた。

予測がつかなかった幕末の歴史は大きな変化を与えず見守ることが出来た。
今度は新しい明治の世に紡がれる物語を見守らなければいけない。

だが隔離されて蚊帳の外だった幕末の時代とは違う。自らの意思で今の時代を歩いている。
新しい出会いが許され、望むままに動ける喜び。
ほんの少しだけ戒めを忘れなければ夢主は自由に振舞えた。

予め沖田に事情を伝え、斎藤にも話しておけば良いと考えた通り、二人は事情を飲み込んでくれた。
沖田は妙から報せが届けばすぐに伝えると引き受け、夜遅く帰宅して話を聞いた斎藤は寝巻姿で頷いた。

「賢い判断だな」

「本当ですか、良かった・・・やっぱりここは伝えないほうがいいですよね」

褒められて嬉しそうに首を傾げるがどこか淋しそうでもある。
自分の家に招けないのが残念だった。

「お前がどうしてもと言うのなら構わんが、客人として招くには顔が広い人間は厄介だな」

「確かに妙さんは顔が広いかもしれません。評判はいいと思います。優しい方ですから」

「話に聞けば随分と店も繁盛していたんだろう。店の主人の顔が利けば看板娘のその女も顔が広いと考えるべきだな、先日の印象では人当たりも良さそうだ。お前が出向く方が楽だろう」

記憶の中では妙自身は店が忙しく出歩いていないが、店には多くの者が集まる。
人々が集まる店で、様々な人物を繋ぐ橋渡し役となる。
同業者や周りの人々からも慕われ、人望を集めていた記憶がある。

「一さんのお仕事は警官ですって伝えても大丈夫なのでしょうか。妙さんお話が好きだからきっと聞かれると思って・・・今まではさり気なく避けてきたんですけど」

「まぁ事実、警官だからな。そこまでなら構わんさ」

「本当ですか、ありがとうございます!あんまり嘘吐くのっていい気がしませんしね・・・」

密偵を務める俺の前でよく言えるなとニヤリ眇める夫に気付き、夢主は慌てて首を振った。

「違うんですよっ、嘘が良くないってのは!必要な嘘もありますし一さんのお仕事には」

「あぁ分かっている。いいさ、気にするな」

「すみません・・・」

「確かに本心や事実を隠して人に接触するのは気が晴れんだろう。俺はさておき、お前はな」

気にするなとククッと笑う斎藤に肩をすぼめるが、本人は全く気にしていない様子だ。
布団に移動し掛け布団を捲り、こっちへ来いと夢主に促した。

「お前自身の秘密は話すなよ」

「もちろんです。話せば相手の方に良くない何かが起きるかもしれませんし」

「その通りだ」

「一さんは私の事を誰かに話すなんてありませんよね・・・」

「まぁ話す相手がいないからな」

友達がいないと言っているようで、夢主はつい笑ってしまった。
仕事一筋なのだから関わるのは警察の人間くらいなのだろう。
 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ