斎藤一明治夢物語 妻奉公
□18.秋夜の鳴声 ※R18
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「夢主ちゃ〜〜ん、いますかぁ!」
沖田がいつもと違う調子で塀の向こうから呼び掛けてきた。
普段なら「入りますよ」と声を掛け、夢主の声が聞こえたら勝手に扉を開けて入ってくる。だが今日はその様子が無い。
「総司さん?今開けます」
部屋にいた夢主は急いで庭に下り、声が聞こえた裏口の戸を開けた。
「あぁ、助かりました!お裾分けですよ」
「わぁ凄い・・・総司さん大丈夫ですか」
「平気平気!ちょっと失礼しますね」
約束無く訪れることなど滅多にない沖田だが、突然の訪問で遠慮なく庭を通り抜け、持っていた重たい荷物を縁側に置いた。
沖田が持ってきたのは、沢山の栗だ。
二つの盥を重ねて運ぶという無茶をしていた。一つには水が張られて生栗が浸かっている。もう一つには、既に茹でて食べられる状態の栗が入っていた。
「大家のお婆さんがですね、季節の物だから美味しいよって沢山下さったんです。すぐに食べられるようにって茹でた物まで」
「凄い!嬉しいです!美味しそう・・・」
「栗の扱いはご存知ですか」
「何となくは・・・」
「あははっ、このまま水に浸しておけば大丈夫ですよ。使う時に茹でるなり蒸すなりしてください。お水はこまめに交換してくださいね」
「ありがとうございます。総司さんの分もあるんですか」
「もちろんありますよ、お気遣いありがとう」
沖田は二つの盥を縁側に並べて、栗は美味しいと様々な栗料理の話を聞かせてくれた。
一番の好みは栗ご飯で、理由はむかし試衛館の頃に皆で作った思い出があるからだ。
見事な出来栄えを喜び、競うように食べ尽くした思い出だ。
「総司さん、私にも作ってくれませんか」
「夢主ちゃんに?ご自分で作ったほうが美味しいかもしれませんよ」
「私も食べてみたいんです!みなさんが美味しいって食べた栗ご飯・・・またみんなで頂きましょう」
「そう言っていただけると嬉しいですね。分かりました!いいですよ、ではその代わりに」
沖田はごそごそと袖口に手を入れ、中から大きな白い包みを取り出した。
重そうに丸く垂れている包みが何なのか、夢主が首を傾げて覗くと沖田は嬉しそうに得意顔でそれを差し出した。
「お砂糖です」
「お砂糖、お砂糖って高いんじゃありませんか」
「少し前までは高かったですけどね、国内で取れる量が増えて開国もして安い砂糖が沢山入ってきているそうです。これも大家のお婆さんに頂いたんですよ」
夢主は両手で砂糖が入った包みを受け取った。
包み越しにどっしりくる感覚、力を加えると雪のように形を変える砂糖の感触が懐かしい。今すぐ口紐を解いて舌で甘さを確かめたいほど嬉しかった。
「とっても嬉しいです、お砂糖が使えるなんて」
「でしょう、とっても甘くていいですよね。それでお願いなんですけど、栗ご飯を作る変わりに何か甘いものを作って頂けませんか」
「甘いもの・・・栗で作ればいいんですか」
「えぇ、栗金団とか、栗の甘露煮とか・・・甘いものが食べたいな〜って」
「ふふっ、いいですよ。作り方はなんとなくなので、美味しくなかったらごめんなさい」
「あははっ、夢主ちゃんが作ってくれるなら僕は何でも美味しく頂けますから」
「総司さん、本当は甘露煮とか栗金団が一番好きなんじゃありませんか」
「えっ、そんな事はありませんよ!栗ご飯が一番です!」
本当は甘い甘い栗料理が好きなのだろう。
それより栗ご飯が好きだと答えたのは、きっと美味しいと笑っていた皆の顔が好きだったからだ。
「ふふっ、楽しみにしていますね。折角ですからお茶を飲んでいってください。今淹れてきますね」
「ありがとう、お構いなくと言いたいけれど、お言葉に甘えて」
沖田は部屋には上がらず、そのまま縁側に座り秋風を体に感じてお茶を待った。
風が吹けば庭の木から葉が落ちてひらひらと舞う。
「綺麗だな、あははっ」
一人の庭では感じない美しさ。
夢主と言葉を交わしお茶を待つ間に景色に心をくすぐられた沖田は現金な自分を笑った。