斎藤一明治夢物語 妻奉公

□19.その男、実業家
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布団から出ると肌寒さを感じる秋の朝。雨戸を開き、暖かい陽を浴びてようやく体温が上がり始める。
いつも寝坊しがちだが今朝は自然と目が覚めた。
目覚めた夢主は支度が早い夫に負けないよう、いそいそと着替えを済ませて食事支度に取り掛かった。
時間に余裕のある斎藤は大人しく座敷に座り、朝の膳が整うまでの間、妻が動く姿を眺めている。

運ばれてきた膳には夕べ夢主が我慢できずに摘まみ食いした栗の甘露煮が乗っていた。
行灯の明かりのもとで美味しそうに光っていた艶ある栗は、朝の爽やかな光の中でも上品な光沢を見せている。
夢主はこれを食す夫の反応が知りたくて早起きしたようなものだ。

「ほぅ、お前が摘まみ食いしただけあって美味そうだな」

「甘いの苦手かなって少し心配なんですけど・・・」

「まぁ食えるだろう」

甘いものが苦手な斎藤の口に合うか不安な夢主が苦笑いを見せ、二人は手を合わせた。
さっそく妻の自信作を口に入れる斎藤。
どんな反応を見せるのか、夢主が目を離せずに見つめていると、口を動かす夫と目が合った。

「美味いな」

ゆっくり咀嚼して飲み込んで出てきた一言に、夢主は顔に花を咲かせて喜びの笑みを見せた。

「良かった!一さん、栗はお好きですか」

「まぁ人並みにはな」

「そうですか・・・まだ栗は沢山あるのでいろいろ作りますね!栗ご飯が・・・総司さんが栗ご飯を作ってくださるんです。きっと一さんには懐かしい味ですね」

「栗飯か」

「試衛館の頃にみんなで作って食べたって話してくれました。一さんも食べた事があるんですか」

「あぁ、そんな事もあったか」

「今日総司さんが作ってくださるんですよ、そうだ、一さんも一緒に頂きましょう!お仕事から戻る時に総司さんのお屋敷通りますよね、私も待ってますから・・・」

「帰りは分からんぞ。いつも通り先に食ってろ」

「そうですか・・・でも、ちゃんと一さんの分は頂いておきますね」

「フッ、好きにすればいいさ」

「ふふっ、わかりました」

でしたら好きに致しますと、夢主は悪戯っ子みたいな大袈裟な笑顔を作り、夕飯を共にと頷いてくれない斎藤に見せつけた。
道場で稽古を終えた後に弟子達にも栗ご飯が振舞われる。
その時に斎藤の分を除けておこう。夢主はよしよしと自分の考えに一人頷いた。
その自分の企みに愛らしく頷く姿を、斎藤は心の中で密かに笑っていた。

斎藤は屋敷を通り抜ける途中、沖田にも声を掛けられた。
話は夢主と全く同じだ。

「どうです斎藤さんも一緒に。帰りは遅いんですか」

夢主も沖田も随分と栗に浮かれているな。
斎藤は楽しそうな男を鼻で小さく笑った。

「あぁ、夢主にも聞かれたが分からんからな。君が良ければ一緒に食ってやれ。話を聞きたいんだろう」

「昔の話をですか。そうですね・・・それなら僕も少しだけ」

――夢主が愛した皆の、新選組の昔話を聞かせてやって欲しい。
自分で話せば良いものを人に任せるなんて、沖田は笑いつつも快く引き受けた。

「分かりました。斎藤さん、お仕事お気を付けて」

「フン、言われるまでもない」

柄ではないと妻の昔話の相手を沖田に任せ、斎藤は屋敷を出た。

「昔話はたまにでいい。・・・そうでしょう」

歩きながら斎藤はふと空を見上げ、不意に脳裏に浮かんだ懐かしい人物に語り掛けた。
 
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