斎藤一明治夢物語 妻奉公

□20.あの日の優しさ
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聞き慣れた寝息の隣で一夜を明かした斎藤は、聞こえ始めた小鳥たちの囀りで朝を知った。
夢主の体をそっと除けて立ち上がる。
支えが無くなった夢主は、うつらと舟をこいだ瞬間にがくりと頭が動き、薄っすらと目覚めた。
ぼんやりする白い視界の中、辺りを見回すと大きな窓の前に斎藤が立ち、カーテンを房飾りに納めている姿が目に入った。

「一さん・・・ここは」

「警視庁の面会室だろう、お前が来たんだ。忘れたのか、全く」

一日中任務で動き回り夕べから着替えもしていない斎藤だが、硝子越しの清らかな朝日の中、整った身なりで立っている。

「ぁ・・・ここ警視庁・・・」

「そうだ、着替えを持って来てくれたんだろう」

「はい」

夢主はようやく目的を思い出し、膝の上から消えた風呂敷包みを探した。

「まぁ助かるが、まさか眠りこけているとは思わなかったな」

フッと笑う斎藤に、夢主は顔を赤くして頷いた。

「お前のその寝ぼけ癖だけで童歌でも生まれそうだな」

「童歌?」

「あぁ、居眠り女房どこぞ寝ん、夕べも今宵も布団に居らず」

斎藤がおどけてククッと喉を鳴らせば、夢主は気まずそうにはにかんだ。

「もぅ、本当にすみません、寝るつもりはなかったんですけど、お日様は暖かいし椅子は気持ち良くて・・・」

「そうか、気持ち良かったか」

にやにやと目を合わせる斎藤に夢主は小さく頷いて、大きな窓に目を移し、差し込む日差しを眺めた。

「今日も気持ち良さそうですね、いいお天気です」

「まぁな。家から歩いて疲れたんだろう。すぐに来られなくて悪かったな」

「いいえそんな、お仕事中なのは百も承知で、突然やってきて荷物を預けもせずに自分で待つと言ったのは私ですから」

「フッ、まぁ構わんがな」

斎藤が窓辺から戻ってくると、夢主は斎藤に合わせて椅子から立ち上がった。

「誰かに送らせるから、お前はもう帰れ」

「あっ、あの、朝ご飯でも一緒に・・・」

「悪いが俺は仕事に戻る。お前のおかげで夕べの仕事が途中になっちまったんでな」

「ぁ・・・ごめんなさい、ずっと傍にいてくださったんですね」

「ここで仕事をしても良かったんだが、しなかったのは俺だ」

不意に斎藤は夢主の両肩に手を置き、ぐいと押して長椅子に座らせた。また休ませるのではなく、斎藤は夕べからの我慢を終わらせたかった。
きょとんとした目で押されるまま腰掛けた夢主。斎藤は長い足を一本、長椅子に乗せて迫った。

「あの・・・」

「お前はとにかく帰れ」

「はい・・・んっ・・・」

肩を掴まれ、体を覆うように迫られて、夢主は身動き一つ取れずに口を吸われた。
驚きで体を強張らせたが、口吸いは突然終わり、体を開放された。

「さ、人を呼ぶぞ。安心しろ、使える人間は何人もいる」

「は・・・はぃ」

充分に夢主の口を弄んだ斎藤は、何事も無かったように風呂敷包みを手にして扉へ向かった。
夢主は斎藤の背中を見ながら乱れた裾を直して立ち上がった。
身なりが整ったことを確認した斎藤は面会室から出て、傍にいる男に声を掛けた。
 
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