斎藤一明治夢物語 妻奉公
□21.明治四年、多忙な密偵
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年末の仕事納めから年が明けての仕事始めまで、世間は正月休み。斎藤はこれに当てはまらない。
夜遅く帰宅し朝早く仕事に出向く日々が変わらず繰り返されていた。
明治四年正月。
年が明け、本来ならば厳かでめでたい新年の祝いが行われる頃。
元日は斎藤が生まれた日でもあり、夢主にとって大切な一日だ。
生まれた日の分からぬ夢主と沖田も共に祝おうと語った日は何時のことか。
この年、約束は果たされなかった。
夢主は沖田と世話になる大家の婆に挨拶を済ませ、日を置いて赤べこの新年営業に顔を出した。
晴れやかな妙の笑顔に店の賑わい。楽しい年始の日々が過ぎていく。
今朝も斎藤は朝も早いうちから家を出ようとしていた。
「一さん、お気をつけて」
「フッ、すっかり早起きできるようになったじゃないか」
少し前なら一人で家を出るのが当たり前だった。何も不満はない。
白い布団に見える安らかな姿、妻の寝顔に己の所在を確かめる。朝の日課だ。
「まぁ、三日に一度だな。お前が起きるのは」
「大分起きられるようになりましたよ、毎日起きたら一さんがいないんです。流石に一さんが恋しくて・・・目が覚めるようになりました」
「そうか。それは良いんだか悪いんだか、俺はお前の寝顔も気に入っているんだがな」
「ふふっ、じゃあ私が少しだけ遅く起きればちょうどいいですね。でも・・・お顔が見れて嬉しいです。今夜も・・・」
「分からんが、恐らくは」
遅い帰りになるだろう。
悪いなと、謝る変わりにそっと唇を重ねた。
「行ってらっしゃい」
斎藤は制帽を深くかぶり、大きく頷いて警視庁を目指した。
沖田の道場も正月は稽古を休んでいた。だが弟子がいなくとも自己の鍛錬は怠らない。
毎日の決まりとして一人稽古を行っていた。
型稽古に始まり、見えない相手を想定した実践稽古まで、汗を掻いた体から茹るような蒸気が立っている。
「総司さん、そろそろご飯にしませんか」
「夢主ちゃん。ありがとう、汗を拭いてきますね」
爽やかな笑顔で立ち去った沖田は、暫くして普段の姿に着替えて戻って来た。
滅多に着流しで歩くことはなく、いつも袴を着けている。
「総司さんはいつもきっちりした格好をされていますよね」
「そうでしょうか、あははっ、褒められたのなら嬉しいですね。幼い頃から身だしなみは厳しく躾けられていましたので今も抜けないんです」
「洋服は着ないんですか」
「うぅん・・・着物の方が好きですね」
昨年末、斎藤に頼まれ洋装に身を包んだ日を思い出すが、どうも体に合わなかった。
やはり自分には袴姿が最適だ。
「夢主ちゃんの洋装姿は見てみたいですけどね」
「えぇっ」
「あははっ、冗談です」
覚えていますよ、あの小さな花柄の衣を・・・
沖田は言葉を飲み込んだ。
「そういえば斎藤さんは年末も年始も忙しそうですね。人々の気が緩むから仕方ないのかもしれませんが」
「はぃ・・・とっても大変そうで・・・本当は元日にお誕生日のお祝いをしたかったんですよ」
「あぁ、生まれた日を祝うってやつですね。懐かしい話だな」
「ふふっ、すっかり昔の話になっちゃいましたね。年末の大掃除も、餅つきも・・・私、とっても楽しかったです」
「えぇ。僕もよく覚えていますよ。もし斎藤さんの仕事が落ち着いたら、またしたいですね。餅つきや、大掃除」
年末、餅つきはせず差し入れ好きな大家の婆から分けて貰った。
道場の大掃除は弟子の子供達も手伝い、綺麗に磨き上げた。
その輪に斎藤が加わるとは思えないが、もしその場にいてくれたならば、どれほど嬉しかったか。
「寒いですね・・・」
夢主は吹き込む寒風に呟いた。