斎藤一明治夢物語 妻奉公

□25.瀬田宗次郎
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菊一文字則宗、その刀に呼び起こされた記憶で志々雄は顔を歪めた。
志々雄が唯一新選組と刀をぶつけた鳥羽伏見の戦い、そこに沖田の姿はなかった。

新選組一番隊の組長、沖田総司が手にしていたと噂の刀、実際に菊一文字則宗を見て知っているわけではない。
伝え聞いた話では普段は持ち歩かず違う刀を差していたらしい。
だが間違いなく、宗次郎が欲している刀は沖田総司が手元に置いていた刀だ。志々雄の勘が告げている。
既に長曽祢虎徹を手にしている志々雄は、宗次郎の目利きをいいじゃねぇかと忍び笑いした。

「刀に無頓着なお前が珍しいな」

「えへへっ、菊一文字、とっても綺麗な刀なんです」

「菊一文字」

あの頃に思いを馳せるようニヤリとして目を逸らした。当時は裏働きに徹していたが、自らの手で新選組の幹部連中を殺りたいと願ったものだ。
だが沖田総司はもう死んでいる。戊辰戦争の最中、姿を見た者は誰一人いない。病に負けた、誰もが知る事実。
今、刀がどこにあるかすら志々雄には分からない。

「どうしたんですか、志々雄さん」

「いや、なんでもねぇよ。刀に疎いお前がその名を知っているとは意外だと思ってよ」

「前に東京のお団子屋さんで見かけたんですよ」

「団子屋?」

「はい、団子屋で一緒になった人が持っていたんです」

「そいつは興味深いな」

志々雄は驚いて宗次郎を観察した。
俺には嘘を吐かない男だ。真実を語る様子に、いいだろうと頷いた。
どこのどいつが所有しているか不明だが、誰かも分からぬ男が持つより、実際に刀を振るい血を吸わせる宗次郎が持つに相応しい。

「宗次郎、一週間だ。一週間探して見つからなけりゃ、一旦戻ってこい。お前の足なら一週間で充分探せるだろう。ただし騒ぎは困るぜ、慎重に動け」

「いいんですか」

「あぁ、行ってこい。菊一文字をお前の物にして帰ってこい」

「ありがとうございます!早速行ってきますね!」

楽しそうに応え、宗次郎はアジトを飛び出した。
東京を目指し、街道に構わず山中を突き進む。
一週間あれば東京中を走り回る事も、片っ端から刀商を見て回る事も容易い。
自分では理解出来ない、わくわくと踊る気持ちを足に乗せて、宗次郎は目にも留まらぬ疾さで駆けて行った。
 
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