斎藤一明治夢物語 妻奉公

□24.歯車の予感 ※微R18
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赤猫楼の向かい、沖田が贔屓とする楼閣でもマリア=ルーズ号事件が話題になっていた。奴隷解放が転じて自分達が話の焦点になっただけに気になるのだろう。
楼主がその話題を止めたが、客が妓に吹き込む事態は防げず、上位遊女と妹分達の間では真相を巡り様々な噂が囁かれた。

井上として登楼する沖田に、楼主が珍しく愚痴をこぼしていた。
店の入り口から冷たい風が吹き込む中、火鉢を挟んで座り、暖を取っている。

「全く敵いませんわ、結局形は変わらんというのにお上が余計な事を仕出かすもんで妓達が騒いでしょうがない」

「ははっ、それはご主人も大変ですね」

「幸い井上はんは明治政府と関りあらへんから私も安心ですけど。妓達に言い含めてもらえませんかね、明治政府も捨てたもんじゃないと」

「えぇっ、残念ですが僕はそういった策略めいた話は苦手なもので・・・まぁ知り合いが警官をしていますので、関係者が皆悪い人じゃないとは伝えられますけど」

悪い人間では・・・ない。うん。沖田は斎藤を思い浮かべ、人柄を確認するように考えた。ふふっと笑ってしまう。
人相と素行は悪いかもしれないが、任務には忠実で悪人を逃しはしない。自分や家族の時間を犠牲にしても、泰平の為に懸命に駆け回っている。悪い人間とは言えないだろう。

この日も気晴らしに座敷に上がった沖田、楼主が選んでくれた妓と話すが、やはり言いくるめる行為は苦手だった。
妓の顔がしかめっ面になってしまった。

「こはばからしゅうありんす、わっちは井上様のおつしゐんすこと、ちぃともすかや」

「えっと、あのね、僕は吉原言葉が苦手だって言わなかったかな・・・ごめんね、面倒臭い客でしょう」

言っている事が半分も分からないと、沖田は困った顔で言葉を改めるよう頼み込んだ。
粋な客は廓言葉を覚えて楽しむのだ。
土方さんなら間違いなくすぐに理解するんだろうな・・・ふと浮かぶ懐かしい顔に頬を緩めた。

「井上様は好きだからいいの、なら普通に話すわよ、いくら井上様のお話でも・・・やっぱり警官さんも明治政府の足元にいるんでしょう、会津と関りがあるって言うけど井上様、よく官賊軍の下で働けるわよね、信じられない」

「あぁー・・・彼らにも思いは様々で・・・家族を養う為には仕事がいるでしょう、嫌な人の下についてでも頑張ってるんですよ」

「でも、その家族を蔑ろにしてるんでしょう、ろくに帰らないなんてとんでもない男じゃない」

「えぇっと、そんな事はないんですよ・・・参ったなぁ、何でこんな話しなきゃいけいんだろう」

楼主とは不思議な縁がある。大坂で命を救い、今は世話になっている。話をするくらいで役立てるなら。頑張って妓と向き合ってみるが、やはり話がうまく伝わらない。
しかも絶大な信頼が置けると共に犬猿の仲でもある斎藤を話にあげ、妓相手に立場を庇うとは妙な気分だ。

「何ですの、井上様から話が始まったんでしょう、何でこんな話しなきゃいけないって言いたいのは私ですよ」

「あははっ、ごめんごめん、笑ってくれないかな〜本当にごめんなさい」

「もう・・・またあの人の仕業なんでしょう」

沖田は妓達が仕事を忘れ無邪気に笑う姿が好きだ。
「笑ってよ」と謝るが、廓の楼主をあの人と呼ぶ妓は荒っぽく溜め息を吐いて肩を怒らせた。

「別に政府を嫌うからって政府の人間断ったりしないわよ」

「それならいいんじゃないかな、ご主人にもそれ言ってあげてよ、安心するよ」

「言ってるのよ、分からないのは、向、こ、う!それより‥・」

この楼閣ですっかり人気者の沖田に触れてもらおうと、妓は話を終わらせて床入りを誘い、スッと体を寄せてきた。
沖田は苦笑いですかさず身を離した。

「あははっ、参ったなぁ〜こんな話してたらそんな気分じゃあ・・・」

「もう!またなの!井上様のいけず!!何の為にここ来てるんですか!」

「いいじゃありませんか・・・ねっ」

「知りません!」

気難しい話ですっかりそんな気が削がれてしまった沖田は誤魔化すしかない。
無理強いをせず、休む時間を与えてくれる。優しい言葉や綺麗な笑顔で労わってくれる上客として、沖田が現れると妓達がみな選ばれることを期待した。
気まぐれに床に連れ込んでくれるから益々期待が高まるのだ。

「とりあえず、お食事でもしましょうよ」

「もう、お腹なんて空いてないのに」

何て自由なんだろう、沖田は笑いながら妓を見つめた。
妓達が自由に気持ちを述べて怒ったり笑ったりできるこの楼閣を気に入っている。大変な仕事を強いる妓達をせめてもと大切に扱う楼主の心意気が好きだった。
 
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