斎藤一明治夢物語 妻奉公

□29.新しい町人(マチビト)※R18
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時代の中心が東京に移り、どこか物寂しさが漂っていた京の町にも活気が戻りつつあった。
幕府の命で京に務めていた者など出て行く人々は多いが、他に行く場もなく依然住み続ける者は多い。

大政奉還が行われる前より京に拠点を築いた御庭番衆の者達も、京に留まっていた。
自らの生きる術を見つけて去った一部の仲間を除き、動乱の京と呼ばれた時と変わらず料亭葵屋を営んでいる。
葵屋の主、柏崎念至、通称翁もその一人。血の絶えない頃から京に住み、いつしかこの町を愛していた。
もちろん、御庭番衆の仲間達をそれ以上に愛している。

翁が気に掛ける仲間の一人、四乃森蒼紫が京に戻ってからひと月が経っていた。
蒼紫が連れて戻った操は昔ここに住んでいた記憶が蘇ったのか、すっかり葵屋の皆に懐いている。
もうここに一人預けても問題はない、蒼紫がそう思えるほど良く笑っていた。

「本当に行くのか、蒼紫」

「あぁ。操を頼んだ」

「そうか・・・」

止めても無駄、堅い決意を知り操を引き受けた翁の前で、蒼紫は小さく頭を下げた。

外では蒼紫と共に葵屋を出る忍達が声を潜めて待機している。今まさに京を旅立たんとしていた。

「本当にいいんですか御頭」

「あぁ。操の事は翁に頼んである。心配ない。それよりお前達、本当にこれでいいのか」

蒼紫は皆の顔を確認するように見回した。
顔に幾つも傷を持つ式尉、短躯に猫目の癋見、大きな前歯の巨漢は火男、全身を忍び装束で隠す般若。
隠密御庭番衆の中でもとりわけて特徴的な忍達だ。
東京で江戸城の消火に当たった御庭番衆、既に仕事を持つ者はそのまま東京に残り、京まで蒼紫と戻った一部の者もそのまま葵屋に留まる道を選んだ。
今、葵屋の前に集結しているのは客商売の葵屋で生きるには肩身が狭く、平和の世に生き辛い外法者。

「あてはあるんですか」

「東京に向かう。今はあの地が一番血生臭い」

「東京に戻るんですね」

「あぁ。東京に私兵団を作ろうとしている男がいる。密かに猛者を探しているらしい」

「猛者・・・」

「幕末を知る者は大歓迎。御庭番衆も文句ないだろう。それに」

仲間にこれからの道を聞かれ行くあてを説明する蒼紫の顔が一段と険しく変わった。幕末を知る者が集まる、願っても無い状況だ。
蒼紫の一番の目的に気付いた男達は視線を集め、俄かに声を弾ませた。

「幕末の猛者、それでしたら!」

「もしかしたら伝説の男に出会えるかもしれん」

「幕末最強と謳われた・・・」

「人斬り抜刀斎。闘う場を与えられなかった我々が最強だと示す為に戦わねばならない男、緋村抜刀斎だ」

「おぉ!」

「人斬り抜刀斎!」

「東京に!」

彼らは幕末最後の戦いが始まると信じ命令通り大人しく待機したが、戦う場は与えられず、やがて無血開城が行われた。
最後の将軍は全てを放棄し、新時代を迎えたのだ。
残された江戸城隠密御庭番衆はやりきれない想いで新時代に放り出された。

時代が変わっても納得出来ずにいる御庭番衆達の士気は蒼紫の言葉で一気に高まり、密やかに声を上げて出立の合図とした。
未だ残る戦いの場を求めて、争いの無くなった京を去る。隠密御庭番衆の名を最期に背負う覚悟でこの夜、葵屋を出た。
 
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