斎藤一明治夢物語 妻奉公

□26.幾年越しの約束※R18
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沖田が意識を失ってから二日目の朝。
斎藤は私情に関わらず任務に向かわなければならず、屋敷を出る前、疲れた顔を見せる夢主を気遣い朝飯を運んだ。
放っておくと何も口に入れず、沖田の布団のそばから離れようとしない。
夕べ斎藤がいる間に夢主が鍋一杯に作った煮物が温め直され、湯気を上げて良い香りを漂わせていた。

「お前まで倒れては困る。沖田君の様子は安定しているし医者の往診もあるから落ち着け。お前は自分の面倒をしっかり見ろ」

「はい・・・一さんにご心配掛けるなんて駄目ですね、朝ご飯ありがとうございます・・・」

「構わん、お前が作ったものだろう。しっかり食って、沖田君の隣の布団で寝て休め。顔が青くて心配でならん」

「でも・・・」

「正月に二人も面倒見るのはご免だぞ」

「そうですね、もうお正月・・・」

正月までに仕上げたかった着物は間に合うだろうか、あと少しなのに無理かもしれない・・・ふとそんな事を考えてしまい、今は縫物より沖田の回復が大事だと自分に言い聞かせた。
しっかりしなければ。斎藤に心配を掛けている場合ではない。

「今日も帰りは早いから安心して待ってろ、いいな」

「はい」

不安を堪えて応える夢主を見て、斎藤はせめて己の温もり残してやろうとがっしり胸に抱いた。弱っている心が伝わってくる。
斎藤が抱き返される事はなく、そっと添えられたか細い手に力はなかった。

「行って来る。飯は食えよ」

弱々しく身を預ける妻から離れ、仕方なしに別れを告げた。
夢主が気掛かりでならない。斎藤自身は何度も仲間の死に遭遇し、死の淵から蘇る姿も幾度と見てきた。
そんな己と違い、夢主は沖田が命に別状は無いと分かっていても、実際に目覚めるまで生を感じられず、恐いのだろう。

「寄り添ってやれないのは心苦しいが、乗り越えろ」

刺すように冷たい朝の空気の中、斎藤は通りで独り言ちた。


医者の往診は同じ時刻、今日も午後にやって来た。
沖田の様子を確認した医者はのっそり体の向きを変え、夢主の顔色を見た。医者にとってはこちらの方が気掛かりらしい。

「体が回復すれば目覚めるでしょう。そう遠くないうち、恐らくは今日明日にも。剣客の彼なら体力もあるはず」

夢主が昨日からここを離れていないと察した医者は、安心して落ち着いた日常を送るよう諭した。

「彼が目覚めた時に看病をしていた者がやつれていては、精神に良くない。元気な顔で目覚めを喜んでやりなさい」

「はい・・・」

小さく俯く夢主を見兼ねて、医者は沖田の顔を覗き込んで声を掛けた。

「これお前も、いつまでも寝ておらんでそろそろ起きたらどうだ、可愛い隣人が待っておるぞ。こんな別嬪さんをやつれさせおって、男の名折れぞ」

医者の叱責に反応するよう、沖田の瞼がピクリと動いた。

「井上総司、これ、聞いておるか!」

「総司さん!」

夢主も身を乗り出して声を上げた。今度は何も反応がない。偶然だったのだろうか。
夢主は気を落とすが、医者は笑顔で満足そうに頷いている。

「これは良い兆候だ。貴女の元気な声を聞かせてあげなさい。私の怒鳴り声などより余程良い」

「はい」

「目覚めたら温めの水と、口に入るようなら薄めた粥を与えるといい。また明日も来ます。明日には彼と話も出来そうだ」
 
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