斎藤一明治夢物語 妻奉公

□27.幸せの景色
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翌朝、夢主がぎこちない態度を取ってしまったのは仕方無いだろう。斎藤はさっそく仕事へ赴いてしまった。
沖田を一人放置するわけにもいかず、夢主はほんのり頬を色付かせたまま世話をしていた。

「夢主ちゃん・・・」

「はっ、はい?」

何かを見抜いて確認しようと呼びかけている、そんな気がした夢主はギクリと肩を弾ませた。声が上ずっている。
恐る恐る目を向けるが、沖田は目を合わせずに夢主の体のどこかを見ている。

「いいえ、何でもありませんよ。今日もありがとうございます」

「はぃ・・・いえ、こちらこそ・・・」

すぐに沖田のいつもの和らいだ微笑みが向けられ、拍子抜けした夢主はほぅっと短い息を吐いた。
沖田は本人も知らぬ首の赤い痕に気付いたが、これは夢主より斎藤を突っつくべき、女の夢主に聞くのは野暮だと続きを飲み込んだ。

・・・まぁ答えは夢主ちゃんの態度で丸分かりですけどね・・・

沖田は「全く参ったなぁ」と心で苦笑いをした。

こうして夢主と斎藤が沖田の屋敷に秘密の小部屋を作ってから数日が経ち、沖田の傷は落ち着き、一人で過ごせるまで回復していた。
既に不自由なく動き回っている。
さすがに稽古は医者に止められているが、無理をしない限り傷に響く事も無い。

この日、夢主は沖田屋敷の手伝いを終え、自宅の庭掃除に移っていた。
庭を片付けたらまた道場屋敷へ戻るつもりだが、こうして離れても安心していられるほど沖田の体は良好だった。

庭では冬の始まりに咲き始めた椿が、今も順に蕾を花咲かせている。一方で先に開いた花は既に地面に落ちていた。
夢主は落ちた椿の花を一箇所に集めて置いてみた。
落ちたばかりの花は色褪せておらず、このまま燃やしてしまうのは惜しい。

「妙さんが天ぷらにしてもいいって言ってたけど・・・食べる気にはなれないなぁ」

花を食用にする習慣がない夢主、興味は湧くが目で愛でて楽しむことにした。
いつかの桜のように、酒に漬けても良いそうだ。夢主は折角の美しい花をどうすべきか頭を傾げている。

あまり香らない椿の前で、夢主は別の花の存在に気が付いた。顔を上げてみると打ち薫っていたのは梅の花だった。
まだ数える程だが、膨らんだ数々の蕾の中で愛らしい花がぽつぽつと咲いている。
障子戸を開け放てば一階のどちらの部屋からも眺められる位置に植えられた梅の木。
木塀の手前に生える椿は生垣のように低く剪定され、間に挟まれた梅の木は少し肩身が狭そうだ。

「今年も咲いた、蕾も沢山・・・」

梅もこれから椿に負けないほど沢山の花を見せてくれるだろう。その先の春の訪れを思って夢主は一人微笑んだ。
鼻先を近付け梅の香を確かめる。花が少ないせいか、思ったほど香りが届かない。
梅も椿もあまり香らず、少し残念な顔をして夢主は庭仕事に手を戻した。

夜、戻った斎藤に庭で見つけた花の話を伝えた。
夢主が好きな花が植えられているのは斎藤も知っている。蕾が開くたびに妻に笑顔が生まれるのは心嬉しい。

「そうか、今年も咲いたか」

「はい。梅の花を見ると・・・どうしても土方さんを思い出しませんか」

「ははっ、確かにそうだな。あの人が好きだった花だ」

「墓前にでも香りを届けられたらいいんですけど・・・」

「どこに眠っているんだか」

「土方さんらしいですね、ふふっ」

遺体は結局行方知れずになっている。死してなお手に負えないのは土方らしい。
死者は香りを食すというがこの季節、きっとどこかで梅の香りを味わっているに違いない。

「でも思ったより香らなかったんです。梅だ!って香りで気付いたんですけど、近付いてみたらそれほど香らなくて」

「ほぉ、そいつは朝一番に香ってみるといい」

「朝一番ですか」

「あぁ。朝開いたばかりの新しい花が一番香るだろう」

「そうでか、朝一・・・明日嗅いでみます!」

なるほどと喜ぶ顔が花よりも愛らしい。
斎藤は何より薫る花はお前だと、自分だけの花を目に密かに笑った。
 
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