斎藤一明治夢物語 妻奉公

□30.後悔のあと
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夢主は早朝、斎藤を送り出してすぐに家を飛び出した。
沖田の道場手伝いよりも早い時間、人々の往来で固められた土の道はまだ朝靄に包まれている。
朝の活動が始まる前の武田邸に辿り着き、少しでも様子を探ろうとしていた。

「恵さんが外に出る事ってあるのかな、見張りの男の人と一緒に買い物とか・・・」

恵が屋敷に入ってたった一日、それでも中に入り現実を見たのならば何か考えも変わっているかもしれない。
武田は恵を懐柔しようとしていた。それは威圧的に接してきたもう一人の医者が暴走して死に至った後の話だ。
ならば屋敷に入ったばかりの今はどうなのか。丁重に扱われているのか、それとも初めが肝心と脅されたか。夢主はあらゆる可能性を考えた。

町を抜け更に歩いて行くと、やがて武田邸の敷地が見えて来た。
巨大な鉄柵と塀に囲まれた邸宅は静まり返っている。塀に沿って進むと暫くして門が見えてきた。
まだ警戒すべき相手がいないからか、先日見かけた門番が立っていない。
夜間は門番が不在、日が高く昇ってようやく警備が始まるらしい。

「今ならなんとかなるかも・・・」

恐る恐る門に触れるが当然ながら重たい扉はびくともしない。
内側には鋼鉄の鍵が掛けられている。

「やっぱり鍵が・・・」

門から離れてどこかに入り込める隙が無いか探すが、新しく建てられたばかりの屋敷周りにそんな隙間はない。
こうなれば強行突破しかないか、意を決して鉄柵が並ぶ巨大な塀を見上げた。
柵の隙間を通り抜けるには無理がある。塀を登った上で鉄柵を登るしかない。

「登れるかな・・・」

公園の遊具だと思えば・・・
夢主は無謀な考えを立て、自分に出来るか鉄柵の先を眺めて考えた。

「やめておけ」

夢主は無茶な考えを制する声に驚いて振り返った。
立っていたのは蒼紫、腰の刀に手を置き夢主の行動を見張っていたようだ。
京で操を預けて東京に戻り、既に武田観柳のもとで働いているのか。夢主がその無表情な顔を見て推し量っていると蒼紫が腰の物に手を置いたまま近寄ってきた。

「蒼紫様・・・」

「貴様が俺の名を呼ぶな。ここで何をしている」

「あの・・・」

夢主がここにいる現実と、己の名を呼ぶことを嫌がって蒼紫は冷たい視線で見下ろした。

「高荷恵とかいうあの女か。貴様と何の関係がある」

「それは・・・」

昨日の騒動も既に承知なのか、蒼紫は夢主の目的を言い当てた。
ゆっくり迫って夢主を追い詰める。背後の塀が逃げ道を奪った。
夢主に向けられる視線は凍てつくように冷たい。だが蒼紫はまだ修羅に堕ちてはいないはず、夢主は戸惑いながらも視線をぶつけた。

「貴様と高荷の間には何ら関わりはないはず。あの女を調べた。繋がり無き者に何故付きまとう」

「恵さんと話がしたいんです、もう一度会って話を」

「去れ、俺は侵入者を抹殺する任を承諾している。今はただの通行人であるお前も、一旦侵入を試みたならば俺の標的になるぞ」

「そんな・・・」

「万一俺の目を盗んで中に入れたとしても広大な敷地には猟犬が放たれている。強靭な獣からお前は逃げられまい」

蒼紫の言う通りだ。
やはり自分一人では出来る事は何もない、思い知らされた夢主は胸の前で拳を握り締めた。
 
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