斎藤一明治夢物語 妻奉公

□34.警官と密偵
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「だって一さんが総司さんを若旦那って呼ぶから・・・若旦那って言ったら大店の若旦那様か、お家のお婿さんかなぁって、だからもしかしたら知らないうちに総司さん・・・人に言えない恋でもしてるのかと」

「ははっ、ないない、ありませんよ!そんなこと金輪際ありませんね」

沖田は身振り付きで即座に否定した。
可愛らしい誤解だがその原因を作ったらしき斎藤の発言は全く可愛げが無い。
口元を綺麗に拭い、半分に中身が減った湯呑を縁側の盆に戻した。笑顔が歪み、瞼が小さく痙攣している。

「ごめんなさい、一さんに理由を聞いても教えてくれなくて、直接聞いてみろって言うから・・・でも嫌な思いさせちゃいましたね、本当にごめんなさい」

「斎藤さんが仰ったんですか」

「はい・・・」

「全くあの人はっ」

「総司さん?」

「いぇ、なんでもありませんよ、あははっ」

肌にびりびり伝わる気を発した沖田、空笑いをして斎藤の姿を思い浮かべた。
頭の中で得意げに笑う姿が癇に障る。
斎藤は吉原での水揚げの一件を揶揄して沖田を若旦那と呼んでいた。
常にではないが困らせてやろうと言葉遊びをしているのだ。二人きりの時など必ず若旦那と呼んでくる。

――おいおい怒るなよ、なかなか出来る役回りじゃぁないだろう、いいじゃないか。で、どうなんだ、首尾よくいったか

斎藤にしては珍しく下卑た意味を込めて揶揄ってきた。
沖田がギロリ敵意を含んだ睨みをぶつけて刀の鍔に親指を掛けると、斎藤は素直に笑って詫びた。

「ククッ、すまん。野暮なことを聞いたな」

「夢主ちゃんには言わないでくださいよ」

「どうしてだ、名誉じゃないか」

意地悪い顔で愉しそうに口元を歪めている。
この男の本性はこういった歪んだ性質にあるのだ。
正義を貫く真っ直ぐな生き様の裏を支える、歪んだ性格。
沖田は本気で斬られたいですかと、剣気をぶつけた。

「冗談だ、言うかよ。面白い顔は見れるだろうが面倒はごめんだぜ」

「・・・信頼していますよ、斎藤さん―」

思い出されるやりとりに沖田は小さな溜め息を吐いた。
戦友であり最も信頼できる男だが、誰より自由にならない斎藤という男に対する諦めに近い溜め息だ。

「本当に何でもないんですよ、あの人のいつもの冗談でしょう。僕が婿入りなんてしませんし、そうなったらいの一番に夢主ちゃんにお知らせしますから、あははっ」

「はぁ・・・そうですね、楽しみにしています・・・」

「あと、斎藤さんに、あまりしつこいと僕も知りませんよとお伝え願いますか」

「はい・・・」

沖田を怒らせてしまったと思ったが、矛先は夫の斎藤に向いているらしい。
二人の間に何が起きたのか、なんの事やらさっぱり分からぬ夢主は困り顔で不思議そうに目をぱちくり瞬いた。
これ以上しつこく聞かないよう夢主自身も釘を刺された気分だ。
何も訊き返せずに疑問を飲み込んだ。

沖田はたまに斎藤の仕事を手伝い、吉原の件の口止め料代わりとしていた。
手伝う仕事は信頼できる者にしか預けられない面倒な案件が多い。
する事は単純でも危険を伴う場合が多く、政府中枢の情報にも触れる。それはそれで、沖田にとっても一つの切り札と言える。
弱みを掴まれたようでいい気がしないが、決して一方的な関係ではない。

その夜、夢主から伝言を受け取った斎藤はハハッと短く笑って「お互い様だな」と呟いた。
すっかりくつろぎ姿の二人、白い寝巻の上に綿入りの羽織で温まっている。
 
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