斎藤一明治夢物語 妻奉公

□35.時代の影と明かり
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町外れの洋館、桁外れに豪華な屋敷の地下で、それは繰り広げられていた。
医者と助手の男達、数々の死体が様々な姿で転がっている。
辺り一面に血が飛び散り、唯一生き残った高荷恵は腰を抜かしていた。
目の前の惨劇から意識を背けられず、悲鳴を耳に、目を塞げずに斃れ行く男達を見ていた。

「ぁあ・・・あんたおかしいわよ、こんな事、狂ってるとしか・・・」

声を震わせ、庇護者であったはずの武田観柳を咎めた。
部屋の中には独特の鉄臭さが立ち込めている。その臭いはどんどん強くなっていく。

「おかしい?おかしいのはコイツですよ恵さん!!あんなに援助してやったのにコノ医者と来たら裏切りやがって!!」

「っ!」

武田が壁に支えられ座り込むように息絶えている医者を踏みつけ、動かないはずの体がどさりと崩れた。
ただでさえ血の気が引いている恵の顔が更に蒼白くなる。常軌を逸した行動に声が出ない。

「さぁ、貴女は幻滅させないでくださいよ、唯一製法を知っているのは貴女なんです、恵さん!蜘蛛の糸を・・・作ってもらいましょうか!!!」

「ぁあっ・・・そんな・・・」

「生き残りたいのでしょう、生きて家族を捜すんです、貴女は、生きなければならない。生きて、作るのです」

―—蜘蛛の糸を・・・

耳元で囁かれた恵は反射的にきつく目を閉じた。

「連れて行け!!舌を噛み切らぬよう見張っていろ。作る気になったらもう一度会ってやる」

得意げに命じると取り囲む男達は「ハッ」と短く返事をし、脱力する恵の体を無理矢理引き起こして連れて行った。
武田は本人が観念し「作る」と同意するまで待つ気でいる。
時間は幾らでもある。だが身寄りのない淋しい娘は居場所を作る為、早々に頭を縦に振るだろう。そうでなければ食う事も叶わず、何より一番の望みを失うことになる。

生き別れた家族との再会。戊辰戦争で一人残されたあの女は何よりそれを望んでいる。
弱みを把握した武田は、自らの白いジャケットが血汚れている事に気付き顔をしかめた。

「着替えなければ。おい、着替えを用意しろ!それからとっておきのワインもだ!」

医者が反逆したのは予想外だが、まぁいい。
扱いにくい中年の医者より、孤独な若い娘医者だ。アレなら簡単に手懐けられる。
蜘蛛の糸の製造に頷いた後は多少甘い汁を吸わせてやればいい。好きな服を着せ上手い飯でも食わせれば十分だ。
そうすればこの俺に従って蜘蛛の糸を作り続けるだろう。
肉親と再会という極上の餌を吊るしてな。

「フフ・・・あはははははは!!!!」

血溜りの中、武田観柳は心のままに高笑いを響かせた。
 
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