斎藤一明治夢物語 妻奉公

□35.時代の影と明かり
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郵便制度が整って以来、斎藤こと藤田家にもまれに郵便が届くことがあった。
もちろん全てが夫宛ての手紙だ。この日も一通の手紙が配達された。

「杉村・・・治・・・」

封筒の表も裏も墨をたっぷり吸い込んだ太い文字が並んでいる。
達筆な字を読み解こうと眺めるが、差出人の名は読み取れない。きっとこれは男の名前、文字も男が筆を走らせた力強い文字に見える。
誰からの手紙か分からないが、それだけ読み取って文机に置いた。

やがて斎藤が帰宅すると、机上から手紙を取って手渡した。

「一さん、お手紙が届いています」

「そうか」

封筒の裏を確かめるが心当たりがないらしく小さく首を傾げている。
夢主は封筒から手紙を取り出して目を走らせる姿を黙って見つめていた。
不意に斎藤の口元が緩んだ。男からの手紙だろうが、誰からのどんな手紙なのか見ているだけで胸がドキドキしてくる。
自分が知らない相手とのやりとりで夫の表情が緩むのは嬉しくもあり、少し妬ける気もする。

「あの・・・」

「面白いぞ、読んでみるか」

「いいんですか」

フッと笑って渡された手紙は封筒の表書きと同じ、とても存在感ある太字が連なっている。
綺麗に並んだ文字は強い癖があるわけではないが、夢主は顔を近付けてうなった。

「うぅん・・・久しぶりって挨拶と、一さんに謝っているんですか、どなたからのお手紙でしょう・・・」

「永倉さんだ」

「えっ」

自分が知る永倉と言えば新選組で二番隊組長を務めた永倉新八。
上野の山で話した時、確かに住む場所を知っている様子だった。顔を合わせられないと語っていたがあれから数年、斎藤に連絡を取る気になったらしい。

「お前も良く知っている永倉さんだ。今は杉村治備と名乗っているそうだ」

「杉村・・・治備」

「分からんか」

「はい、杉村義衛って名乗ってた気がするんですけど・・・」

「ハハッ、またそのうちに名を変えるんだろう。俺も何度か変えているからな」

夢主は「確かに」と笑った。
永倉からの突然の手紙は、昨年発令された戊辰敗者の祭祀を許す旨の官報を受けての内容だった。
丁寧だが徐々に字が走って行くさまから書き手の興奮が伝わる。居ても立っても居られずに動いたのだ。

「東京府に碑を立てたいそうだ。壬生の狼達を弔う碑を・・・な」

「新選組のみんなを・・・」

「あぁ。命を落とした全ての隊士の名を刻みたいと書いてある。それには俺も異存ない。それで永倉さんが把握していない死んだ隊士を教えて欲しいそうだ。それに協力金の依頼もな」

「永倉さん、そっか・・・石碑を・・・それで一さんは」

「悩むまでも無い」

普段は昔語りなどしないが並々ならぬ思いを持っている。新選組、己にとって何にも代えられない存在、大切な場所だ。
永倉は自らが戦から離れた後の戦死者を訊ねている。特に会津で命を落とした者は、函館に渡った者達には分からないだろう。

斎藤はさっそく返事を書くべく墨と筆を用意した。
碑を建てる為の費用も多少は協力出来よう。幸い金には困っていない。
別の道を選んだ永倉だが新選組に存った全ての者達に敬意を払っている。斎藤はそれが嬉しかった。

「お前も何か伝えたいか」

「私ですかっ」

「あぁ。懐かしいだろう、永倉さんへの手紙に書いてやるぞ」

思わぬ心遣いに夢主の胸が熱くなる。
祝言のあとに遭遇し、酒を受け取ってさよならを言った日を思い出した。

「その・・・また会いに来てくださいって、駄目ですか」

「いいんじゃないか、今は北海道に住んでいると書いてある。書いてあるが、東京へ出てきているそうだ」

「東京に!」

「あぁ。松本良順先生やら面識がある人物を訪ねて寄付を募っているらしい。手紙にある場所は下宿先だろう」

「近いんですか」

「まぁ行けなくはないが俺は忙しいんでな、まずは手紙を出すさ。都合を合わせなければ会えんからな」

「もし一さんが会うならっ」

「分かっている、お前も一緒に連れて行ってやる」

「ありがとうございます!」

段々身を乗り出していた夢主がついにぴょんと小さく跳ねた。
面白い仕草にニッと笑んでから斎藤は筆に墨を吸わせた。

「では手紙には会いに来いではなく、都合が会えば"お前と"会いに行くと書いておくか」

「はい、お願いします!」

両手を合わせて喜ぶ姿に斎藤の頬も緩んだ。
こいつは俺以上にあの場所が好きだったんじゃないか、そう笑ってしまう顔だった。
 
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