斎藤一明治夢物語 妻奉公

□36.慰霊碑のそばで
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明治九年三月、刀に生きた者には受け入れがたい法令が施行された。
長い名前を付けられた太政官布告は世間に『廃刀令』と略されて呼ばれた。腰に刀を差すことを禁ずる法令だ。

厳密にいえば刀を持ち歩くことを禁じたものではない。
猛烈な反感から刀を袋に入れて持ち歩いたり、肩に担いで歩いたりする者が現れた。武士の誇りを奪われまいと必死に抵抗する者だ。
しかしいずれ刀剣の持ち歩きも取り締まられることになる。

剣を愛し剣に愛された沖田総司もこの法令に衝撃を受けた。
怒りよりも驚きで呆然としている。思わず腰から刀を外し、両手で確かめた。長らく命を守ってくれた存在。
これからは警官が世間の平和を守るから市民には必要ない。幕末でいえば新選組がいるんだから京の町で刀はいらないとなる。
今の自分はただの一市民なのだ。

「もう、いらないのか・・・」

他人から「お前に刀は必要ない」と言い渡された気がして、力いっぱい鞘を握りしめた。
不要なはずがない。これまでもこれからも、刀と離れられるものか。
だが、表立って帯刀すれば周りの者にも迷惑が掛かる。
特に警官の斎藤は迷惑だろう。廃刀令違反で捕まり、助けられたとしても借りが増えるようでいい気がしない。
また旧会津藩主が贔屓にする道場の主として問題は避けたかった。

「刀なしで外を歩きたくないなぁ」

はぁぁと長い息を漏らした。
暖かい庭で何かを啄んでいた小鳥たちが一斉に飛び立ち、沖田は顔を上げた。

「ならば警察に入るか」

「斎藤さん、夢主ちゃんも」

斎藤は話を聞いていたのか誘いをかけた。堂々と刀を差して歩ける立場への勧誘だ。
沖田は渋い顔を見せている。
裏で手伝いをしているのだから佩刀を認めてくれてもいいじゃないか、そんな顔だ。

「あのっ、警官が嫌なら仕込み杖を使えばいいんじゃありませんか」

「仕込み杖は弱いですから、もし襲われたら折れちゃいますね・・・それに杖というのは年より臭くて」

「駄目ですか・・・」

元気のない声でそっけなく提案を否定されてしまった。

沖田はまるで自嘲するような笑いを漏らした。自分は役に立たない年寄りの剣客と同じなのか。
刀を持ち上げ、柄を握る手を返した。静かに鞘を引くと刀身が現れ、顔の前で磨かれた刃が白銀に輝く。その輝きを確かめて、鞘に戻した。

「木刀でも持ち歩きましょうかね・・・仕込み杖より手に馴染むでしょう。切られてはおしまいですが」

考えられる中で納得できる方法を、沖田は寂しそうに微笑んでいる。
稽古でも使う木刀だ。竹刀より余程頼りになり、扱いにも慣れている。真剣を受け止めればひとたまりもないが・・・刀を持ち歩けないのは皆同じだ。
だが、外法の者はそうではあるまい。いざという時の不安は拭い切れない。

「木刀・・・木刀の中に刃を仕込んだらいいんじゃありませんか」

「えっ」

「木刀の刃は太いから、鞘のように仕上げればただの木刀に見えませんか」

「成る程・・・でも見せてみろと言われたらすぐにばれてしまいますよ」

「でしたら、何か絡繰りを仕込みましょう!鞘を引くだけでは抜けないように仕立てるんです」

「引くだけでは抜けない・・・警官にばれなければいい・・・」

黙って聞いているつもりだった斎藤が、んんっ、と一つ咳払いをした。

「何でもいいが俺はもう行くぞ」

「斎藤さんも知りたいんじゃありませんか」

「完成してからで構わん」

「あははっ、分かりましたよ。ちゃんとお知らせします」

沖田が廃刀令違反で捕まろうが己には関係ないが、密談の場にいる必要もない。
斎藤は己が関わるべき話ではないと仕事へ向かった。

残った二人は知恵を出し合い、仕組みを想像した。幸い頼れる人物には心当たりがある。元会津藩主や楼主、顔が広い者の手を借りて細工師は探せそうだ。
何かを作り出す作業は気分が弾む。夢主も自分の事のように楽しんでいた。
 
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