斎藤一明治夢物語 妻奉公
□39.寝ているお前※R18
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朝一番、夢主は沖田と顔を合わせた。
訊ねることは一つしかない。
「夕べ、一さんを見かけませんでしたか。一度帰って来たのにすぐに出て行っちゃったんです。それから帰って来なくて・・・」
斎藤はとても愉しそうな笑いを浮かべて出て行ってしまった。
そのまま夜は明けた。
問われた沖田は「はて」と目を丸くしている。心当たりが無いのだ。
「夕べですか。夕べも今朝も斎藤さんは通っていませんよ」
必ず通り抜けるわけではないが、警視局へ向かう時は沖田屋敷の敷地を行くのが近道だ。
どこか出先から家に戻り、警視局へは向かわず別のどこかへ向かったらしい。
「そうですか・・・」
「どうかしたんですか」
「いえ、なんか様子がおかしくて・・・」
「どんな風に」
どんな風に。夢主は改めて昨夜の様子を思い浮かべた。
機嫌は本人が認めるほど良く、いつの頃か感じた空気と同じものが漂っていた。
激しく昂っていた、それは京都にいた頃の感覚だ。屯所で斎藤の部屋に世話になっていた頃。
同じように薄ら笑んで部屋を出て行った時。
「心ここに在らずというか・・・まるで・・・」
まるで、抜刀斎と出会った時のようだ。
夢主の瞳孔は闇の中で光を求めるように大きく開かれた。
そう、昨夜の斎藤は初めて緋村抜刀斎と出会った時のように興奮していたのだ。
夢主は言いかけて言葉を失った。
「夢主ちゃん?」
「まさか・・・」
「何か心当たりがあるようですね」
「はい、思い出しました・・・緋村さん、抜刀斎に初めて会った夜、あの時と同じ顔をしていました・・・」
「緋村さんと・・・では出会ったのですか、斎藤さんが緋村さんと」
「いえ、そんなはずは・・・」
二人が再会するのはまだ先のはず。
まさかそこまでのズレが生じているのか、夢主の顔が青ざめた。
「警察でそんな情報があったのなら僕には分かりませんが、その、花街ではそんな噂は聞きませんよ。案外情報が集まるんです。ですから取り越し苦労だと思いますけど・・・」
「そうだといいんですが・・・」
「えぇ。それに戊辰戦争の頃、僕達が緋村さんに出会った話は伝えてあります。だから、いきなり斬り合いなんて事にはならないと思いますよ」
思うけれど、出会ってしまえば分からない。
沖田自身も京の路地裏で緋村に出会ったが、夢主が止めなければ刃を下げなかっただろう。
仙台からの帰り道もそうだ。一度は警戒した。斎藤はより一層戦いを望むだろう。
「大丈夫、斎藤さんはあれでも冷静な人です」
沖田は自分自身に斎藤の気質を思い出させるよう、深く頷いた。
それぞれ考えに耽り、沈黙が続く。
何か見えないところで問題は起きていないか。結局斎藤は所在不明だ。
「そうだ、総司さんに報告する話ではないかもしれませんが、一さんが昇進したんですよ」
不安な考えの中に一つだけある嬉しい話を思い出した。
昇進が戦準備だとすれば悲しいが、夫の出世は妻として誇らしい。
「へぇ、それは凄いですね。巡査の上とは」
抜刀斎の話も初耳だが斎藤の昇進も初耳だ。
今朝は驚きが多い。興味深く耳を傾ける沖田に、語る夢主の瞳が輝き出した。
「警部補です」
「警部補ですか。平隊士から組長になったようなものでしょうか」
「うーん・・・伍長、でしょうか」
「あぁ伍長ですか!斎藤さんが伍長・・・ぷっ」
斎藤は取り分けて粗暴な組長ではなかったが、それでも厳しく隊を仕切っていた。
そんな男が実直に組長命令に従い、伍長を務める姿を想像してしまい、沖田は腹を抱えた。
「ふはははっ」
「もぉ、笑わないでください!一さん頑張ってるんですから!戦に負けて仕事に就くだけでも普通は大変なんですよ!」
「すみません、すみません、悪気はなかったんですよ。つい想像しちゃって。斎藤さんなら平だろうが伍長だろうが役職以上の働きをするでしょうね」
「もちろんです!」
今までも通常の巡査とは異なる働きを務めてきた。誇らしい夫である。
目尻を潤ませ笑いを堪える沖田に夢主は頬を膨らませた。