斎藤一明治夢物語 妻奉公

□41.蒼穹の知らせ
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旧薩摩藩士達が反乱を開始してから三ヶ月。
警視局徴募兵は九州の地に上陸し、それぞれの目的の為に行軍していた。
斎藤が率いる小隊は堅守・豊後竹田城を攻めあぐねている政府軍を援護、竹田城攻略後すぐに次の戦地へ移動、山頂に築かれた土塁を急襲、次々と戦果を挙げていった。

後世へ語り継がれている『藤田五郎砲門二門奪取』も上陸後間もなくの戦果だ。
連丘から激しい砲撃を繰り返す薩摩軍、大砲をどうにかしなければ動きが取れない。
そこで少数精鋭を従えて奇襲、敵を驚かせた。
斎藤自身は大した功績とは感じてはいない。戦いの流れの中での出来事に過ぎなかった。

進軍する政府軍の後備として山に残り、残党兵の襲撃を退け、前線が苦戦中と報せを受ければ援護に駆けつけ薩摩軍を撃退した。

夜間、一時の休息が訪れる。
休む前に斎藤は武器の手入れを指示した。
今、小隊の手元にある武器はスナイドル銃と、各自が腰に帯びた日本刀。

銃砲に支配されている戦場とはいえ、小隊を指揮するのはお手の物。
戊辰の戦いでも銃は使われていた。銃を使った作戦も難なくこなす。
銃火器で押し、出来た隙を突いて抜刀隊と仕掛ける。早くも必勝の法則が出来上がりつつあった。

『藤田警部補が率いる二番小隊は常勝隊、負け知らず』そんな噂が立つほどだ。
だがどんな噂が耳に入ろうが斎藤の気は緩まなかった。
常勝の将と言われた土方歳三も命を落とした。最後まで生き残らなければ、どんな噂や肩書も意味がない。
くだらない話をしている間があれば体を休ませろと、仲間の気を引き締めた。

逃げた薩摩軍が残した土塁で休む夜。
天を仰げば木々の上には満天の星空が見える。木の影に隠れて見えないが、月も共に輝いているのだろう。空は明るかった。
上陸して一週間。
歩き続け、攻め続け、一ヶ月分に相当する体力を使ったと言っても過言ではない。

少しは戦況が落ち着くかと思われたが、一度奪取した豊後竹田城を再び占拠されたと知らされていた。
夜が明ければ、今一度その地を奪還すべく進軍が決まっている。
気を緩める時など微塵も存在しないのだ。

ただ一時、体を休めようとさすがの斎藤も目を閉じた。
仲間の息遣いと山の物音に気を取られるが、浅い眠りでも体は休まる。
幕末からの短く浅い眠りの習慣が、今も身を助けていた。


そんな過酷な時を過ごす斎藤の戦果も、東京には伝わらずにいた。
夢主は新聞や錦絵新聞に西南戦争の記事を探して買うが、欲しい情報は何も載っていない。

「錦絵新聞って写真みたいに伝えてくれるかと思ったのに・・・」

「あははっ、どちらかと言うと役者絵みたいなものですよね、夢主ちゃん残念っ」

「本当に残念ですよ!全く関係ないお話ばっかり・・・普通の新聞の方がまだましです」

人々に人気がある錦絵新聞。
華やかな絵に惹かれて買ったはいいが、物語のような大袈裟な絵と文章で書かれた新聞は求めている真面目な情報とは程遠かった。
歌舞伎役者のような軍人は名前がなければ誰かも分からない。

「でもそれが斎藤さんだったら夢主ちゃんは嬉しいんじゃありませんか」

「それは少しは・・・でもこの人、全然似てませんから!もじゃもじゃの髪にもっこもこの体じゃありませんか!」

「ぷっはは、もこもこですか!夢主ちゃん面白いですね、もこもこ!あはははっ」

筋骨隆々、誇張され盛り上がった軍服の武官がより滑稽に見えて、沖田は吹き出した。
細身で長身、しっかり髪を固めた斎藤がこのように描かれれば、全くの別人になってしまう。沖田は思い描くだけで腹を抱えてしまった。

「これじゃ九州の様子が全くわかりません・・・」

「ははっ、冗談はさておき・・・情報を得るのも難しいのでしょうね。戦場に近付けば命の保証はありませんし、変にうろついてどちらかの密偵と間違われては大変です」

「警察に聞いても教えてもらえないのかな・・・」

「教えて欲しいところですが戦争の情報は重要ですから、家族でも無理でしょうね」

「そうですよね・・・無事でいてくれたらそれでいいんですけど・・・一さん」

まだまだ人も情報も移動が大変な時代。
夢主は仕方がないと諦めて、この日も新聞を畳んだ。
 
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