斎藤一明治夢物語 妻奉公

□42.長旅
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空の高さと眩しさは変わらないが、電信を受け取ってからひと月が過ぎていた。
斎藤が退院したのか、まだ入院しているかは連絡がない。
それでもどこかで確かに生きている。
信じることで日々を生きる力が湧いていた。

夢主は紙面での『藤田五郎探し』を続けていた。

「これから新聞ですか」

「はい、今日も買いに行きます。お暇でしたらご一緒に行きませんか」

稽古を終えて午後の時間を持て余す沖田を誘うと、ニコリと快い頷きが返ってきた。

新聞には確かに毎日、戦争の情報が載っている。
電報で即時に戦況を伝える記事もあれば、記者の手紙に頼り数ヶ月遅れて掲載される情報もある。

八月。西南戦争が始まって早半年、斎藤が上陸してから三ヶ月が経とうとしていた。
本隊の進軍状況や地元民の混乱、扱われる記事は幅広い。
だが藤田五郎の功績は未だ伝わっていなかった。

新聞は脚夫が配る場合もあるがまだ数は少なく、夢主は販売店へ直接買いに行くか、買い出しのついでに商店で売られている新聞を買っていた。
新聞売りが誇張して語る話に惹かれ、路上で売られる新聞に手を伸ばす日もある。

「そんなに買うの」

「いいじゃありませんか・・・多いですか」

「ははっ、まぁいいんじゃありませんか。夢主ちゃん普段は倹約家ですし」

一緒に歩く沖田が笑っている。
普段は一紙を買って帰るが、今日は大事そうに沢山の新聞を抱えていた。
斎藤の記事が載る新聞社はあの新聞社だと、おぼろげに覚えている。
その一社に絞ればよいのだが、今日は様々な新聞に手が伸びてしまった。

「そろそろ戦争が終わる頃かと思って・・・大事なことが載っているかもしれないじゃありませんか」

「まぁそうですね、長引いていますけど時間が経つほど数が少ない反乱軍には不利です。そろそろ・・・終わりでしょうね」

明治政府を作った者達がその政府を出て、現政府と戦っている。幕末の混乱の延長のようだ。
勝手に壊して勝手に作り変え、それに満足できず内部で対立している。沖田には随分勝手な争いに感じられた。

「内乱か・・・もう起きないといいですね」

「はぃ・・・」

俯く夢主を見て、沖田は腰に差した木刀に触れた。
中には刀身が隠されている。剣術は好きだが戦は好きではない。強い者と剣を合わせる楽しみは忘れられないが、意味を持たぬ殺し合いは御免だ。

・・・抜く機会がなければ、それが一番いいのかもしれない・・・

平和を望む二人。
東京の町は戦争の影響でおかしな空気になっているが、出征せず残った警官達がいつも以上に目を光らせており、混乱は起きていない。

町を歩く警官とすれ違い、人々が賑やかに行き交う道を外れて静かな通りに入った。
帰って記事を探したい。先を急ごうとすると、一人元気に駆けてくる女の姿が見えて足を止めた。
人がいない道だけに走る姿が余計に目立つ。
白い道着に藍色の袴、手には竹刀、その先に大きな巾着袋が括り付けられている。

「薫さん!」

「夢主さん!お元気そうですね、良かった!」

「薫さんこそ」

近付く姿がすぐに神谷薫だと分かり、嬉しさで声が出た。
赤べこで互いに塞ぐ姿を見せてしまったが、薫は元気を取り戻し、今も健気に笑顔を見せている。
下を向いていては恥ずかしいと教えてくれる笑顔だ。

久しぶりに出会い、待ち人の夫の無事を知らせる電信が届いたと口走りそうになるが、慌てて口をつぐんだ。
薫の父に関して何も質問できないのに、自分の喜びを伝えられない。今も父の身を案じて知らせを待っているはずだ。

夢主が自分に言い聞かせていると、薫は隣に立つ沖田に頭を下げていた。
 
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