斎藤一明治夢物語 妻奉公

□43.錦絵
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昼の賑わいが過ぎた赤べこでは、夢主と妙が休憩を取っていた。
ここ数ヶ月、無理が滲んでいた夢主の笑顔が、今日は心からの笑顔に変わっている。
営業中は聞けずにいた笑顔の理由がようやく聞ける、妙はうふふと顔を寄せた。

「今日は一段といい笑顔してはるなぁ、いい事でもあったん」

「はい!旦那様が帰って来たんです!ようやく・・・長かったけど、やっと!」

「そうなん!おめでたいなぁ、良かったやんかぁ!うちもずっと気になっててん。でも聞くなんて出来へんやろ、夢主ちゃん元気ないのが心配で」

「ご心配お掛けしてすみません。もう大丈夫です」

妙が自分の事のように喜んでくれて、夢主の幸せがより深まる。
二人は何度も良かった良かったと手を握り合った。
店で客が戦争の話をすることもある。その度に顔を伏せていたが、これからは顔を上げていられる。

「なぁ、幸せな夢主ちゃんにお願いがあるんやけど、うちの幸せの為にお使い頼まれてくれへん?うち、店を離れられんから」

「妙さんの幸せの為・・・もちろんです、喜んでお手伝いします!」

「あぁ良かったぁ!嬉しいわぁ!」

「ふふっ、喜んで頂けて何よりです。それで何をすればいいんですか」

「うふふ、それがね、頼みたいんは錦絵なんよ」

「錦絵・・・」

「そう錦絵!最近ハマっちゃって!行きつけの絵草紙屋に今日新作が入ったって、お客さんに聞いたら欲しくなっちゃって。人気やからすぐ売り切れてしまうかも知れへんのよ」

妙が珍しく頬を染めて乙女のような恥じらいを見せた。
前掛けを持ち上げて顔を半分隠してしまった。余程好きなのか、照れた声は少女のように可愛らしい。

「今日頼みたいんは土方歳三の絵なんよ、なんとあの中島登の絵なんやて!本物よ!中島さんて本物の新選組の人やろ」

「中島さんの土方さん・・・」

「あらぁ夢主ちゃんも好きなん?だったら一緒に買ってきたらえぇよ、いつも人一倍頑張ってくれてるんだもの」

「でも」

「ふふっ、中島登作の土方歳三、お願いね!あと月岡津南の新作もあったら買うて来てもらえるかな」

「月岡・・・津南」

「月岡さんは幕府の英雄を恰好よぅ描きはる有名絵師なんよ!」

絵師の名前に聞き覚えがある夢主は浮かれる妙を余所に首を傾げた。
土方がどのように描かれているのか楽しみだが、絵師の存在が引っかかる。
小銭を受け取って絵草紙屋へ向かう道中考えを巡らせ、店に辿り着いてようやく閃いた。

「そっか、左之助さんのお仲間の・・・赤報隊」

「おぉ、お嬢さん珍しい、赤報隊の絵が欲しいのかい」

「え、あの、そのっ」

店先での夢主の呟きを拾った店主が物珍しいと声を掛けてきた。店主は咥えている煙草を外し、赤報隊の絵に手を伸ばした。
この店で売れるのは土産に人気の維新志士や官軍もの、地元東京の人々には幕府の剣士達。赤報隊など訊ねられた例がなかった。
 
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