斎藤一明治夢物語 妻奉公
□45.選ぶか否か
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後戻り出来なくても立ち止まることは出来る。
斎藤の厳しい助言で薫との関係が拗れる前に得た気付き。
夢主は斎藤が帰宅するとすぐに頭を下げた。
朝の冷たい態度を謝り、考えが足りなかった自分を反省した。
「私、つい周りが見えなくなってしまって・・・」
「お前は周りが見えないんじゃなく、周りしか見てないんじゃないか」
「周りしか・・・」
「あぁ。突っ走るのはそのせいだ。大概の人間は面倒を避けて厄介事に巻き込まれないようにする」
だがお前は自分より他人、優しさが仇となれば自分も他人をも傷つける場合だってある。
鋭い指摘をされ、夢主は苦笑いで受け止めた。
「本当にすみません・・・」
「今朝は俺も酷い事を言った自覚がある。悪かったな」
「私こそ・・・本当にごめんなさい。一さんはいつも先の事まで考えて私を見てくれているんですね」
厳しいけれど想いがあっての言葉、不器用な伝え方を責めずに感謝を述べる。
素直な瞳に見上げられ、斎藤から「参ったな」と照れの笑みが零れた。
「私、一さんに伝えてない事が沢山あります。ずっと言えない事もあるかもしれません・・・」
「そいつはお互い様だな、俺もお前に全て伝えてはいないだろう」
「それはお仕事だから・・・」
「関係ないさ。ただ俺の願いは知っているだろう。お前とお前を取り巻く世界、世の中の安泰」
「はい・・・誰より命を懸けている一さんを知っています。だから、一さんの望むままに、私も協力します。今は薫さんの為にもなるって気付きましたし・・・」
本当はそばで見守り支えてあげたい。
互いに時間が必要と分かった今は逸る気持ちを抑えて待つ決意が出来る。
その分、胸の奥が苦しいが耐えるしかない。
「ねぇ、一さん・・・」
今夜は少しも拗ねることなく穏やかな夢主。
斎藤は「んっ?」と素の反応を見せた。
「抱きしめてください」
そっと手を広げた夢主。晴れ晴れとした迷いのない眼差し。
信じているから、全て任せます。そんな覚悟を見ているようだ。
・・・俺はお前に助けられていた。昔からそうだったな・・・
忙しい毎日に忘れがちな日々。
幕末、狭い部屋で共に過ごしていた頃から助けられていた。
その存在は温かく、荒んだ空気を和ませてくれた。
いつも絶やさない微笑み、たまに見せる切なげな微笑み。
深い闇に捉われそうな時、何度も現実に引き戻してくれた、か弱く見えて煌々と照らしてくれた光。
斎藤は夢主の光に目を細めた。
互いの体を引き寄せて抱き合うと、全てのしがらみが解けるような心地よさが広がっていく。
「これからもそばにいてくれ」
「一さん・・・」
「・・・夢主」
「ずっとそばにいます。ずっと・・・私からもお願いです。そばにいてください・・・任務はわかっています。だから、終わったら帰ってきてくださいね」
「あぁ。約束だ」
大丈夫だ、暫くは頻繁に帰宅できる。
喜んではいけないが捉えるべき男の姿が見えず、東京での仕事が山積みだ。
斎藤はこれからの任務の段取りを脳裏に描くが、すぐに目の前の夢主の存在に心を奪われていった。