斎藤一明治夢物語 妻奉公

□45.選ぶか否か
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気持ちを切り替えてからは、夢主の赤べこの手伝いにもう一つの楽しみが加わった。
薫が来てくれる日を待っている。
立ち止まって見せてくれた姿。いつか心が落ち着いたら、赤べこの暖簾をくぐって現れると信じていた。

「ほんなら今日はこれで、ありがとうなぁ」

「はい、ありがとうございました」

妙の笑顔に見送られて店を出る、いつもより早い解放。
夢主は度々顔を出している絵草紙屋を目指した。
赤べこ通いの途中に寄ることが多い。目的は依頼した錦絵の確認だ。

店が見えた時、夢主に気付いた店主が笑顔で合図をくれた。

「お嬢さん待ってたよ!入ったんだよあんたの言ってた錦絵」

「中島登さん!」

「ご名答」

こんなに喜んでくれる客は店側も嬉しい。
人当たりの良い顔とは言えないが、店主は目一杯の笑顔で錦絵を取り出した。

「あぁ!」

「新選組、ご注文の品だよ」

「ありがとうございます!」

客の笑顔に店主も嬉しそうだ。
煙草盆に置いた煙管を咥え直して大きくふかし、満足のいく仕事をしたと頷いている。
夢主は大きな煙に包まれて店をあとにした。


「ふふっ、嬉しいな、一さんだ・・・全然似てないけど」

帰り道、夢主は橋の上で買ったばかりの絵を眺めてくすくす笑っていた。
店ではじっくり見られず、早く見たくて仕方が無かった。
一人で楽しんでいると誰かが錦絵を覗き込んで来る気配を感じた。

何事かと驚いた夢主は咄嗟に絵を遠ざけて後退った。

「よっ、久しぶりだな」

「左之助さん!」

相楽左之助と斎藤一の錦絵。
困った。夢主は反射的に存在すら隠そうと錦絵を背中へ回した。
慌てた姿を見て左之助はニッと爽やかな顔で微笑した。

「意外だな、嬢ちゃん煙草吸うのか」

「えっ」

絵草子屋で貰ってしまった煙たい臭い。
左之助は鼻をスンスンさせ煙草は似合わねぇと呟いた。

「それに大人しい顔して好きモンなのか」

「へっ、すきもの・・・」

「春画隠したんじゃねぇのか、真昼間こんな所で堂々と、さすがにちったぁ気ぃ付けた方がいいぜ、変な男に絡まれちまう」

「ちっ、違いますよ!これはただの錦絵です!」

「本当かぁ、疑わしいなぁ」

左之助は真っ赤な顔で慌てる姿が面白くて、含み笑いで覗き込んだ。
夢主は「本当です!」と錦絵を突き出してしまった。
 
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