斎藤一明治夢物語 妻奉公

□47.もうひとつのお願い※R18
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日は暖かに町を照らすが空気はまだ冷たい冬のもの。
昼前、夢主は久しぶりに沖田と町にいた。
藤田家の買い置きを補充する為に問屋街を目指し、買い足す品を指折り数えていた。

沢山あったはずの品々が気付けば減っている。
家に戻っては斎藤が持ち出しているのだろう。こまめに残りを調べる夢主を信頼してか滅多に追加するよう求められない。

「懐紙が無くなってて、一さんの包帯も減ってたんですよね。言ってくれないけど結構怪我してるのかな・・・」

「打撲の手当てに使うんじゃありませんか、硬膏塗ったら包帯がいりますしね」

固めの薬を硬膏と言い、患部に塗り当て布をして包帯で固定するのが一般的だ。
切り傷もあるかもしれないが、手練れの斎藤なら打撲程度で済ませているのでは。
闘いの後、知らぬ間に痣が出来ているものだ。

「ぐるっと回って最後に赤べこでお昼にしましょうか」

「はい」

目指す薬問屋は川の向こう。橋の上はいつでも人が行き交っている。
すれ違う人々を気にせず進むが、さすがにぶつかれば相手の顔に目がいくものだ。
夢主は背中に衝撃を受けて振り返った。

「気を付けろよな!このブース!」

「ぶっ・・・」

ぶつかられたのに暴言を浴びせられ言葉に詰まるが、言葉の主に更なる驚きを受けた。
見覚えある少年がイーーッと歯を見せてこちらを睨みつけていた。

「こら君、待つんだ!今盗っただろう」

「待って、総司さん」

沖田には見えていた。
夢主を押した直後に懐から財布を抜き取った少年の動き。
スリだと襟首を捉まえると少年はもがくが、夢主が間に入り沖田の手が離れた隙に逃げ出した。

「あぁっ!」

「やーい、バーカ!バーカ!」

「あの子!」

「いいんです総司さん!」

「あの子スリですよ、夢主ちゃんの財布が」

「いいんです!」

追いかけようとする沖田の着物が引っ張られた。
納得いかない沖田だが、何かを知った上で引き留める表情に追うのを諦めた。

「あの子は一体、夢主ちゃんに酷いことを言いましたよ」

「いいんです、あの子は明神弥彦・・・父親は上野の戦いで命を落として、母親は身売りの無理がたたって・・・今は一人でもがいているんです。本当はとってもいい子で・・・」

「一人で生きているんですか、どなたか身元を引き受けてくれる大人はいないんですか」

夢主は首を振った。
正しく導いてくれる大人がいないから、手を貸してくれたヤクザ者に従ってしたくないスリをしている。相手が誰であっても受けた恩を返そうと苦しんでいる。
生き方が分からないだけで、誰よりも真っ直ぐな少年。

「あの子、放っておいていいんでしょうか。今はスリですがそのうちにもっと酷いことに・・・手遅れにならないうちに、そうだ!僕の道場で」

「大丈夫です」

「夢主ちゃん・・・知っているの」

夢主は小さく頷いて、空になった懐にそっと触れた。

「とってもいい方が導いてくれますから・・・もう少し時間はかかるかもしれませんが、あの子に素敵な背中を見せる男の方が・・・方々があの子を導いてくれます」

・・・その中には、一さんも・・・

不思議そうに小首を傾げる沖田に、夢主は微笑みかけた。
 
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