斎藤一明治夢物語 妻奉公

□47.もうひとつのお願い※R18
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夢主が転ばなかったのは弥彦が手加減したから。
彼は今も誇りを失ってはいない。見知らぬ女に僅かでも情けをかけた。

「それにしても見事な手際でしたね、僕じゃなければ気付かなかったでしょう」

沖田はさりげなく自らの目を賛えるとともに弥彦の素早い動きに関心を見せた。
真面目に鍛練を積めば相当な剣の使い手に成長するのでは。

「剣術を教えてみたいですね」

「駄目ですよ、ちゃんとあの子には師匠が待っているんですから!」

「あははっ、そう言われると残念だなぁ。仕方ありません、諦めましょう。今日の買い物は僕が支払いますよ」

「あっ・・・」

「お気になさらず、ははっ」

財布を渡してしまったのだから取りに帰るか沖田に頼るしかない。
任せてと笑う沖田に素直に甘え、夢主は頭を下げた。


この夜、偶然か包帯の充填の為か斎藤が帰宅した。
明け方まで過ごせると制服を脱ぎ風呂を済ませて、すっきりした顔で戻って来た。
夢主は買い出しの時に起きた出来事を話しながら、弥彦の事をどう伝えるか首をひねった。
それにしてもすられた事に全く気付かなかった。沖田は良く見えたものだ。

「一さん、ちょっと立っていただけますか」

「何だ」

言われるままに立ち上がった斎藤、夢主に掴まれて腕の位置を調整される。
訝しみながらも全てを任せて好きにさせた。

「行きますよ・・・」

何がしたい。覚えた柔術でも掛ける気か、いや違うな。
夢主が真剣な顔で己の懐を睨みつけている意味が分からぬが、斎藤はされるがままに立っていた。

「えいっ!」

「・・・なんのつもりだ」

「その・・・試してみたかったんです・・・」

斎藤は何を試すつもりだと眉間に皺を寄せた。
体に触れるにしても奇妙な動きだ。
手刀でも繰り出すような手の形。素早く懐に突っ込んで来るとはなかなか不届き千万。
これは・・・思い当たる節は一つ。

「スリの練習か、人様の物を盗るんじゃあるまいな」

「まさか!」

「冗談だが俺の体に触っているんでも無かろう、随分色気のない手の入れ方だ」

「ち、違います、そういうつもりでもありません・・・」

懐に伸ばした手を斎藤に掴まれて、くっと体が近付く。
スリの練習ではないが弥彦のスリの技術が見事過ぎて試してみたかったとは言えない、馬鹿々々しい理由だ。

「実は昼間に財布をすられちゃって・・・」

「ほぅ、大丈夫だったか」

「はい、総司さんが一緒だったので・・・でも財布はあげちゃいました」

「・・・子供か」

生きていく為に罪を犯す子供はいる。
優しい夢主のことだ、子供相手でなくとも渡したかもしれないが話す言葉から幼い罪人なのだろう。
訊くと予想通りこくんと頷いた。斎藤はやれやれと肩を浮かせた。
 
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