斎藤一明治夢物語 妻奉公

□49.紳士か淑女か ※R18
1ページ/8ページ


夢主が頼みごとをされてから暫く経ったある朝。
「一つ目の頼み事」の為に斎藤が帰宅した。
寒さは緩んできたが椿の花はまだ鮮やかに咲いている。
部屋の障子を閉めて美しい庭の眺めから一旦別れると、斎藤は持ち帰った大きな包みを開いた。

「例の店を見に行く一件だ。これに着替えてくれ」

出てきたのは慎ましやかだが美しい曲線を作る西洋服。
青梅を落ち着かせたような品ある色合いだ。

首周りは着物に比べると開きが大きく、袖は肩から手首までしなやかに伸びる腕を形取り、同じように体の線を描く胴部分、腰回りから下は大きく膨らむ広袴。

江戸の庶民が箒のようだと例えた裾広がりのワンピースも夢主にしてみれば懐かしく可愛い形だ。
唯一の装飾と言えるのが臍辺りから胸の谷間を通って続く小さな釦の列。
着脱に手間取るがこのおかげで美しい線を象っている。
良質な生地と隙の無い仕立て、西洋の職人が縫い上げた見事な出来栄えの一着だ。

袖を通した夢主は纏った自分を確かめるように体をひねって「どうですか」と訊ねた。

「いいな、似合うぞ」

嬉しそうに頷く斎藤はハンチング帽に襟の付いたシャツと袴、市中潜入時の制服とも言える文明開化人・定番の服装をしている。
こんな姿で並んで歩けると考えもしなかった夢主はご機嫌ようと言わんばかりのポーズを取って首を傾げた。

「んんっ、仕度が出来たんなら行くぞ」

「はい」

もう一度褒めて欲しかった夢主だが、斎藤は照れているのが見え見えだ。
そう言えば白地に青い小花のワンピースにも戸惑いを見せていた。
夢主はふふっと笑って先を行く斎藤に続いた。


「どちらに向かうんですか」

上目で訊ねる夢主は好奇心の塊、目を輝かせている。
身に沁みついているからか洋服を着ても違和感はなく、派手な飾りが無い簡素な服にもかかわらず華やいで見える。
歩き出して人通りが出てくると人々の視線を感じるようになった。

目立つな・・・
斎藤は夢主を目に入れて、横目で辺りの視線を確かめた。
ドレスと異なり日常着て歩く洋装だから構わないと思ったが、予想以上に人目を引く。
家で着替えた直後は気にならなかったが歩いて良く分かった。上半身は悩ましいほど肌に沿った仕立てだ。
大切なものを人目に晒しているようでやきもきするが、頼んだのが自分とあっては何も言えない。

愛らしい胸の膨らみが生地の張りで強調されて見え、腰回りの細さが際立っている。
背中の曲線が美しいのは姿勢良く歩くからか、今すぐ指を滑らせたくなる程に艶やかな曲線だ。

馬車を頼んだ方がいっそ目立たなかったか。
一人でちょっとした後悔に苛まれながら夢主の質問に答えた。

「馴染みと言う程でもないが、調べに入ったのをきっかけに何度か世話になっている商会だ」

今日は仕事の協力と言うほど大事ではない。視察と言うのも大袈裟だ。今回は噂を確かめに行くだけだった。

噂とはその家に突然不審な男が居ついたと言うもの。
男は素性が分からぬ剣術家。商会の跡取り息子に稽古をつける名目らしいが稽古している気配が無いという。
盗賊に襲われた一家に遭遇し助けたというのが居つくきっかけと言うのも如何わしい。

夢主に同行を頼んだのは噂が本当だった時、男に対する誤魔化しの為。
夫婦で遊びに来た顔見知りなら大した詮索はされずに済む。夢主の気晴らしにもなり一石二鳥。

もし噂が真実ならば日を改めて探りを入れる手筈だ。
力ある商会を隠れ蓑にして政府転覆の計画を練ってはいないか、店主一家へ加害の恐れはないかを調べる。
政府に仇成す恐れが無ければ今は捨ておけと指示を受けた。その案には賛成だ。
もっと他にしなければならない任務がある。

例えば緋村抜刀斎の捜索の続行。
斎藤が密かに笑んだところで目的の屋敷へ辿り着いた。

「おっきなお屋敷ですね、ここがお店なんですか」

「商会だからな、店へ商品を卸したり上顧客とは直接売買もするが主には日本の刀剣類を輸出しているらしい。依頼を受ければ輸入もするそうだがもっぱらは日本刀一筋だとか」

「だから一さんが・・・」

「来たぞ」

屋敷に辿り着いて間もなく、家に仕える初老の男が潜り戸を開いて現れた。
 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ