斎藤一明治夢物語 妻奉公

□51.お前の中に映るもの
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京都を目指す左之助を見送って既に一週間。
夢主はこれといった行動を起こさず変わる日付を数えていた。
京都から戻れば左之助は神谷道場を訪れ、剣心を河原へ連れ出す。そこで全力をぶつけるが自慢の斬馬刀を失い入院するほどの怪我を負う。
分かっているが、先回りをして剣心に「お手柔らかに」と願い出る訳にもいかない。

十日が経った頃、ようやく小さな行動に出た。
赤べこへの行き帰り、遠回りになるが決戦の地であろう河原の土手沿いを選んで歩くようになった。
覗いてはならないと思うけれど直接関わるよりは、遠くから様子を見る程度なら許されるのではと思ったのだ。

そんな夢主の行動は斎藤にも筒抜けだった。

「最近赤べこへの道を変えたようだな」

「ぅ・・・そうですね、暑くなってきましたし川沿いは涼しいかなぁと思って・・・帰りはほら、夕焼けが綺麗なんですよ!」

見るからに『言い訳』と分かる慌てた弁明。
話を聞く斎藤の顔が静かに緩んだ。別に何故と責めている訳ではないんだがな、そんな笑いを堪えている。

「そうだ蛍も!そろそろ蛍も季節です、川沿いを帰ったら見れるかなーって・・・ね、普段通らないと気付かないじゃありませんか!」

「確かにそうだな、蛍か。川を吹く風も気持ち良いもんだ。あの辺りは夕暮れが迫ると身元も分からん者が橋の下で寝泊まりすることがある。罪人や中には・・・まぁ、気を付けろよ」

「はい」

宿無しの旅人や物乞い、罪を犯して逃亡中の者、中には肌を晒して客を引く夜鷹だっている。
吉原近くに多い客引きだが稀にあの辺りにも現れる。何かに巻き込まれないよう警戒するに越したことはない。
ただ川辺は朝夕巡査の巡廻場所にもなっているから、本人が気を配る限り悪いようにはならないだろう。

「くれぐれも気を付けろよ」

「わかりました・・・」

部下に指示を徹底するような口ぶりに夢主は戸惑いながら頷いた。


それから幾日目かの朝。
道をすれ違う人々の囁きが夢主の耳に止まった。

「なんだったんだいありゃあ」

「でっかい槍を抱えておったな。喧嘩だろう喧嘩」

「喧嘩だけど近付かん方がいい、あれはちょっと普通じゃないよ」

「全くだ、警察の取り締まりも厳しい昨今、周りもまとめて逮捕されかねん」

喧嘩好きの江戸っ子すら遠ざけてしまう異様な喧嘩。槍とは長く巨大な武器をそう呼んだに違いない。
剣心と左之助に違いないと、夢主は急いで土手道へ出た。

土手道に上がり河原を見下ろして小走りに行くと、町から離れた河原に集まっている何人かを見つけた。
離れた場所から確かめると、豊かな赤い髪を一括りにした男と、風に揺れる赤い鉢巻きの男が見える。

「やっぱり、剣心と左之助さん」

左之助の手には布に包まれた自慢の武器。
傍らで互いに寄り添って見守る薫と弥彦の姿も見える。
これ以上は近付けない。大人しく離れて見守ろうと決意する夢主の見えぬ場所で、騒ぎを聞きつけ駆け寄る巡査がいた。

「全く、この時世に喧嘩とは!」

面倒を増やしてくれるんじゃない、そう言いたげな巡査が市民が示した先を目指して走っていた。
土手に上がろうとした時に突然肩を掴まれ、巡査は事態が分からぬ馬鹿者めと勢いよく振り返った。
肩を掴んだ主を睨みつけるつもりが、驚いて浴びせるつもりの罵声も飲み込んでしまった。

「藤田、警部補」

「悪いがここは"俺達"に任せてくれるか」

「かっ、畏まりました」

そこにいるだけで全身を硬直させる威圧感を持つ男、一部の者だけが知る特別な存在。
巡査は驚く横目で駆け寄ってくる仲間達を見た。直ちに特務課があとを引き継ぐと告げ、巡査達を連れてその場を去って行った。

巡査達と同じ警官の制服に身を包む斎藤は現場から距離を取っている。
代わりに市民と同じ服装に身を包んだ幾人かの密偵が、悟られぬよう距離を詰めていた。

警官達が消え、喧嘩を止める者は誰もいない。
斎藤は騒動を通して抜刀斎の現在の力を分析すべく、一時も逃すまいと二人の対決を見つめた。
 
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