斎藤一明治夢物語 妻奉公

□52.訊ね石
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人々が昼餉を考える時間より早く、夢主は赤べこの手伝いにやって来る。
店が見えると速まる足。
しかし辿り着く前に、別の道から現れて自分より先に暖簾を捲ろうとする男が見えた。左之助だ。
偶然の出会いを喜ぶが、赤べこを手伝う身として妙の溜め息を思い出してしまった。
口に咥えた魚の骨をぶらぶら揺らす呑気なこの人は、妙の溜め息を知っているのだろうか。

「左之助さん」

「おぉ夢主!仕事か、精が出るな」

「いえ、私はそんな・・・今日も赤べこで食べるんですか?」

「そのつもりだけどよ」

「あの、妙さんが・・・左之助さんの払いが溜まってるってぼやいてて・・・」

「そういやぁ払ってなかったか、悪ぃことしちまったな。言われてみりゃあ今も金持ってねぇな」

左之助はすっかり忘れていたと、悩む素振りで頭を掻いた。
財布を確かめようともしないのは、ずっと空の状態が続いているのか。

こんな話をして申し訳ないと心苦しそうな笑顔の夢主を見て左之助は小さく唸った。
顔馴染みを困らせるのは忍びない。

「参ったな、体で払うって訳にもいかねぇし」

「ななっ、何を仰るんですか」

「おっ、おめぇ今なんか厭らしい勘違いしやがったな、別にそれがいいなら俺は構わねぇけどな」

恥じらう夢主を揶揄い、にやけた顔が近づく。
すっ、と近づく左之助に嫌な印象はない。
体から汗のような土埃で汚れたような荒々しい男臭さが漂っている。強い臭いだが決して不快ではないのが不思議だ。

・・・ふふっ、左之助さんらしい匂い・・・原田さんはお日様の匂いだったなぁ・・・

思い出に心が飛んでいるとは知らず、左之助は目を伏せる夢主の横顔を覗いた。
旦那にがいなくて本当に寂しいんじゃねぇだろうな、気まずく目を細めた時に左之助はあるものを見つけた。

白く華奢な首筋に赤い痕。
夢主がすぐに体を遠ざけ一瞬だったが確かに見えた。
ただの虫刺されか、できものか、まさかこの嬢ちゃんに限って男に付けられたなんて無ぇだろう。不似合いな痕に左之助の心が重くなる。

「まぁ・・・本当は力仕事を引き受けてやるってことさ。でも俺みてぇなのは赤べこに似合わねぇだろ」

威勢の良さが消え、しんみりした声を不思議に思い顔を上げると、左之助が男臭くも優しく微笑んでいる。

「そうだ、いいこと思い付いたぜ」

「いいこと」

「あぁ!金の当てがあったぜ、増やしゃーいいんだ増やしゃぁあよ!!増やして今度こそ本当に奢ってやるぜ、ちょっくら行ってくらぁ!」

「左之助さん、どちらへ」

「今日は別んトコで飯食うさ、また今度な!」

閃いたぜと得意気に笑い、左之助はじゃあなと手を振った。
赤べこの前に夢主を残して去る左之助が目指すのは賭博場、仲間が集まる馴染みの場所だ。
突然背中を見せた左之助の考えが全く分からぬ夢主は、一先ず妙の怒りが増さずに済んだと安堵した。
 
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