斎藤一明治夢物語 妻奉公

□52.訊ね石
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話し込んでしまった夢主は左之助が残した足跡を消すように慌てて暖簾をくぐり、いつもの仕事をこなしていった。
その内にまたも知った顔が現れた。
今度はれっきとした客としての来店だ。

「薫さん!こんにちは、牛鍋ですか」

「こんにちは、今日は定食と茶豆で」

薫の定番は牛鍋だが、今日は控えめの昼食。最近いつも連れ立っている二人がいないのが珍しい。
席に着くなり疲れを吐き出すような薫の大きい溜め息が響いた。

「今日はお一人ですか」

「えぇ、剣心は何か用があるとかで出かけちゃって、そしたら弥彦までどこかに行っちゃったのよ。全く男共は」

一人取り残された不満か、勝手気ままな男達に薫は頬を丸く膨らませた。無邪気な表情がなんとも薫らしい。
そんな純真な薫を夢主は突っついた。

「所で薫さん・・・」

知ってはいるが薫本人から聞いていない話がある。
にんまりした企み顔では考えが筒抜けで、反射的に薫の頬が赤く染まった。

「ふふっ、薫さんって緋村さんと」

「えっ、えぇっあっ・・・そ、そうなの、剣心は今うちの道場に居候してるのよ、居候よ」

にこにこ見つめる夢主の視線に込められた意味に薫が顔を更に紅潮させた。
居候の君に好意があると認めているような赤さだ。

「ふふっ、居候、頼もしいですね。誰かがいてくれると嬉しいですし、男の方が一緒なら何かあっても安心です」

「あ・・・ありがとうございます。そんな風に言ってもらえると・・・照れ臭いけど嬉しいです」

夢主は気持ちを代弁すると、薫は素直に笑い返した。
そんなことないと言い張らずに済むのは、夢主が剣心の知り合いで、既に夫がいる点で恋の先輩だからか。
薫はえへへとはにかんだ。

それから定食を平らげ腹を満たした薫はのんびりと茶豆を楽しんだ。
妙の心付けでお代わりを飲み、自然と夢主の仕事終わりを待っていた。
帰りは途中まで同じ道。戻っても誰もいないかもしれないと薫は赤べこで時間を潰したのだ。

「お待たせしてごめんなさい」

「ううん、私こそ急かしちゃったみたいでごめんなさい。折角だから一緒にと思って・・・あの、川沿いを行きませんか」

「えぇ、私もよく川に沿って帰るんですよ。綺麗ですよね、川辺の景色」

土堤の道は眺めがよく風も吹き抜ける。
日が暮れるには早く夕映えの水面は拝めなかったが、それでも河面は光を反射して二人の目を楽しませた。
 
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