斎藤一明治夢物語 妻奉公

□53.芽生えるもの ※R18
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刃衛が逃げた後を斎藤が追い、川辺には静けさが戻っていた。
沖田に送られ歩む帰路。屋敷を通り抜ければ我が家という時、夢主の足が止まった。

「あの、総司さん・・・」

ん?と優しい顔が振り返る。
沖田は自らの屋敷に戻った無意識の安堵感かゆったり穏やかな気を漂わせている。
甘えを許し、いつでも受け入れてくれる笑顔。
優しすぎる笑顔から夢主は目を逸らした。

「いえ、やっぱりいいです。大丈夫です・・・」

「斎藤さんが戻るまで僕の家にいますか」

「あっ・・・」

怖い、寂しい、飲み込んだ言葉を見抜いたように沖田は手を差し伸べる言葉をくれた。

「でも・・・ご迷惑お掛けしますし・・・」

「迷惑だなんて思いませんよ。怖かったでしょう、先程は。あの男がどうなったか分かりませんし、一緒にいた方が安全です」

その通りだ。刃衛は沖田を捜すと言っており、夢主自身にも気を付けろと忠告を言い渡した。
闘いを面白いものにする為、刃衛が夢主を利用しないとも限らない。いつか薫を利用するように。

「本当に迷惑じゃなければ」

「ありませんよ、さぁこちらへ」

「ありがとうございます、お言葉に甘えて・・・」

気を使ってしまい、ずうずうしい振る舞いに出られない夢主を沖田は強引に導いた。

「お風呂沸かしてきますね」

「そこまでしていただかなくてもっ」

「大丈夫ですよ気にしないでください、すぐに戻りますね」

普段沖田が過ごす居室に案内され、灯りが付くと沖田は部屋を出て行ってしまった。
明るい時間には良く目にする部屋も、夜に訪れると趣が違うものだ。

ふと視線を感じて壁を見ると、以前沖田に渡した土方の錦絵と目が合った。
勇ましい姿に顔が綻ぶ。

「今夜は見守ってくださいね、土方さん・・・」

独り言のように呟いて壁の絵に微笑みかけた。
傍から見ればおかしな光景。しかし夢主には土方が承知と得意気な顔をしているように見えた。

風呂で身を清めると、心にある不安まで溶け出すようで恐怖心は薄れ、用意された寝巻と布団で休む気が湧いてくる。

「一さんが戻るまで起きてようかな」

「斎藤さんが戻ったら起こしてあげますから休んでください」

「でも」

「お疲れでしょう、休むことも大事ですよ」

「何から何まで・・・ありがとうございます」

「平気です」

どうせ僕はほとんど寝ませんから。
沖田はそう言って雨戸も障子も開け放し、縁側で守るように腰を下ろした。
沖田の姿が月影となって部屋へ差し込む。
自分を見守ってくれる壁の絵と縁側の影、夜空から届く優しい月明かりを感じながら、夢主は静かな眠りへ落ちていった。
 
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